#640[短編]琥珀色の間[29]──追いついた背中・II
澪と豊川が言うには、爽子が渡航するのはもうすぐだと言う。待つか、追うか。揺れる大翔。連載第34回。
文末を一部調整し、本稿に組み込みました。
お先に[28]からお読みいただけますと幸いです。
1話、2話、番外編・大翔、3話 -I、3話 -II、3話 -III、4話、5話-I、5話-II、5話-III、5話-IV、5話-V、6話、7話、番外編・爽子、8話、9話、10話、11話、12話、13話、14話、15話、16話、17話-I、17話-II、18話-I、18話-II、19話、20話-I、前半まとめ
※ 連載ですが、どのお話からも読めます。
彼女は肩から落ちかけたバッグをかけ直し、ゆっくりと大翔の方をみた──
── It’s alright. Really. Thank you.
(本当に、もう大丈夫。ありがとう)
その凛とした声と、ストールを直した瞬間に覗いた横顔に、大翔は目を見張った。
「あ!」
「あ!!」
2人は同時に声を上げた。
「爽子さん……!」
「大翔さん」爽子は目を丸くして、白黒させている。
「爽子さんこそ、その格好……」
「あ、これですか」爽子は服のシワを整える。
「食事を済ませたので、そろそろ入ろうと……それより、どうしてここに……?」爽子は口元を手で抑えた。
大翔は爽子の肩を掴みそうになるのを堪え、息を整えた。
「もし……もしも。いや、澪さんたちが今夜出発だって。そんなに遠くにいくのに、俺、なんにも知らなくて……」
「手紙、見てくれたんですね」
「遠くって……遠いですけれど、旅行ですよ?1週間だけの。支援はまだ先です」
爽子はふしぎそうに首をかしげ、ふっと表情を和らげた。
「へ……?」大翔は我ながら情けない声を出したと思い、赤面しそうになるのを堪えた。
「しばらく旅行なんてできないし、好きなところに行っておこうと思って」爽子はサラリと言った。
「旅行……?1週間……?」
大翔は我ながら情けない声を出した。頭の中のパズルが、音を立てて崩れていく。呆然とする大翔を、爽子は少し間を置いて見つめた。
「……澪さんたち、なんて言ったんですか?」爽子は大翔の目をみた。
「さっき、Barで、手紙をもらって……今日、渡航するって言われて。豊川さんが、今夜出発だって」
大翔は混乱した頭のまま、Barでのいきさつを一気に話した。
「それに、店でテロのニュースを見て、澪さん、今ならまだ間に合うって」
「……。」
「……。」
「それって……」爽子が口を開いた。
「ユウキ……また兄のいたずらです」
2人は一瞬、目を見合わせた。爽子が困ったように笑い、大翔は大きなため息をついた。
「今日は追い越しませんでしたよ。ここは中華屋、ないですしね」
大翔は真冬の交差点にいた爽子を、少しだけからかった。爽子は怒ったふりで言った。
「わたしは、お財布持ってますけどね」
皮肉をこめて、ニヤリとする。
「あと、これも……」
爽子はバッグの端から、黄色いプラスチックの、ひよこのキーホルダーを取り出して、大翔に見せた。
「あ、それ……」
大翔は思い出して、急に恥ずかしくなった。
「はい、ボールペンも」爽子がいたずらっぽく笑うと、大翔は右手で耳の上の髪を揃え、困った顔をした。
「……淋しくないですね、それなら」大翔が言う。
「そうですね」爽子もそっと言った。
「それじゃ、そろそろ行きますね」
「はい……気をつけて」
「……向こうに着いたら、写真とか送っていいですか?」爽子が遠慮がちに言う。
「はい。待ってます」大翔は迷わずにいった。
「行ってきます。おやすみなさい」
「爽子さん」
「手でこう、拳を作ってもらえますか」大翔は爽子にパンチを繰り出す仕草をした。
「は、はい。こう、かな……?」
「じゃーな!」大翔はコツンと拳を合わせた。
「これ、親父と、俺と兄の儀式なんです。母さんは、そんなの挨拶じゃないって、怒るんですけどね」
「兄貴と最後の日も……本当に、じゃーなになっちゃいましたけどね……」大翔は目を伏せた。
「行ってくるぜ!」爽子が拳を合わせ直した。
「こうなら、いいですか?」
「……。」
「帰って来い!」大翔も拳を合わせた。
<了, 約 1,500 字>

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