見出し画像

灯火杯4th参加御礼!全作品note感想文

先日、結果発表を行った灯火杯4th、みなさんご参加いただきありがとうございました!

▽結果については、こちらのnoteにまとめています▽

また、昨日は振り返りと、4回のオールシーズン開催を終えたタイミングで、最も踏み込んで裏側まで語るnoteを公開しました。

▽早速読んでいただき&高評価もありがとうございます!▽

今回のnoteは、参加いただいた御礼も兼ねて、灯火杯4th全作品のnote感想文を書いていきたいと思います。

なお、感想文の型にハメすぎると、書いているほうも段々辛くなるっていうのも感じたので、企画関連の感想文は少し肩の力を抜いて書いていけたらと思います!
*メンバーシップの感想文プランは、引き続き、ちゃんとフォーマットに則ってやっていきます。

▽メンバーシップの詳細はコチラ▽

「自分の作品について、もっと語りたいよ!」という方は、ぜひ交換note会などでお話しできたらうれしいです。

▽顔出しなしでも参加可能なオンライン個別お話し会
「交換note会」の詳細はコチラ▽



夢と自分軸と|影山さくら さん

深く考えずに、チェックポイントがゴールのようになっていた、子どもの頃の夢。そして、絵を見て感じたことを書くノートを送る。本当の自分に気づいてほしくて送ったんだろうなと、白木さんの気持ちを想像していました。

そして、小説家になりたいと言いながら、物語が書けなくなった白木。
と言いつつも、青葉の色を指定された入社式でベージュのスーツで出席する。

「青葉がモチーフになっているから、緑色が指定されていたんでしょう? 私は子供の頃の夢を捨てたの。だから、青葉の時期は通り過ぎたの」

この尖りようは、やっぱり、芸術肌と言うか表現者でないとなかなか振り切れないですよね。「物語を受け取った」という表現も痺れましたし、自分の物語をちゃんと歩んでいるかと問いかけられた気がした作品でした!
特に白木目線でのお話をもっと読みたいと思ったシリーズでした!

和の真髄を垣間見る|うめこさん

タイトルが既に極まっていました!正にその通りですよね。

あまり偉そうに語れる立場ではありませんが、ドンピシャな言語化に打ち抜かれました。削り、余白をというのはよく言われますし、「引き算」の考え方は中級レベルになるとどの分野でもよく言われる考え方かなと思います。

ただ、最初の選ぶ。そうなんです。構図や視点の切り取り。写真や絵などで考えると分かりやすいですが、文章も正にそうだと思っていて、ただ大きく首を縦に振っていました。

書ききれなかった部分、消してしまった言葉さえ、作品の一部として息づいていく。
だから、書くことは秋の庭園に似ている。
完成を求めすぎず、欠けや空白を抱えたまま美を含み持つ。

庭園もまだまだ勉強中なのですが、わたしがファーストインパクトをいただいたのは、修学旅行で行った京都竜安寺の石庭でした。
下調べはしたものの、当時はアートや風情などを自身の中心に据えるとはまったく思ってもいなかったのですが、枯山水や水墨画に惹かれる感覚はここから来ているのかなと、改めて思い出させていただいた作品でした!

写真もとても素敵なので、ぜひうめこさんのnote内で見てもらえたらと思います!

喪失と勇気と|ゆずさん

灯火杯皆勤賞であり、夏に行われた3rdでは、ひいろさん選出の「心の創作大賞」を受賞されているゆずさん。
今回エントリいただいた作品は、第1回で最後まで灯火賞を迷った作品に通じるものがありました。

新作発表が決まっていたミステリー作家。事故に遭い左半身が不随となる。

だって、わたしはからだが動かない。もう、書くことを期待されなくてもいい。自分にいくらでも言い訳ができた。
売れる本を出し続けなければ、作家として終わり。呼吸が苦しくなることももうない。

わたしもそうですが、作家になりたい多くの人がいて。ただ、出した後に苦しむことも言われていて。そして、そこからどうするのか。
正に自分自身が挑もうとしている道を、真正面から見せていただいた形でした。

もちろん、ひたすら暗いお話ではありません。主人公七海がどういった道を辿るのか、ぜひゆずさんの作品を見てみてくださいね!

手仕事の温もり|つるさん

ともあれ、孫としての私はおじいちゃんの事を好いている。およそ手仕事をする人として。自分の腕、手、指でもって、物を作り、ときに補強しては物を使い続ける。そんな精神を受け継いでいると思いたい。

孫としての目線で見たとき、祖父母は非常にあたたかい目線で見ることできると思います。逆もしかりかもしれません。

おばあちゃんは、おじいちゃんの愚痴を言う。当然ですよね。一緒に人生を歩んだのですから。ウチもそうなると思います。
子どもから見て親は口うるさいもの。これもウチもそうでしょう。

この直接的に生活の苦労に関係ない距離感(ご一緒に住んでらっしゃるご家庭はまた別だと思います)が、フラットにいいところを素直に受け取れる構造を作っているのかもしれないと思いました。

また、つるさんの「手仕事」への思いがとても素敵で、深く共感していました。

天才は突き抜ける|マイトンさん

お、「ゲルニカの話!」と思ったら、なんとゲルニカではなさそうという、もはや原田マハさんばりのミステリーなアート小説を思わせるような話。

メチャメチャ共感したのは、リアリズム(写実主義)や印象派(わたしも印象派大好きですが)のような、いわゆる「わかりやすい」絵がスキかなぁくらいのマイトンさんを貫いたのは、天才ピカソの作品でした。

物事を複数の視点から見たものを同時に描いたり、記号的に捉えることで有名なキュビスムですが、そういった説明抜きで怒涛の衝撃を与えたというマイトンさんのエピソード自体が凄く象徴的な作品です。

そして、そんな蠱惑を伴う感覚をnoteにも見たというお話でした!

蠱惑(こわく):魔性に心を奪われるような魅力

マイトンさんの作品より

紅葉かつ散る|ふぁいさん(季節テーマ賞 受賞作品)

人の見られないながら、色づきながらも散る紅葉に、noteの文章を重ねた作品。ちなみに、「紅葉かつ散る」というのは秋の季語でふぁいさんの作品で描かれている紅葉した葉が、まだ木に残っているものと同時に散っていく様子を表しています。

注目記事や編集者さん・作家さんの目に留まり、造花のように彩りを留めておきたいと願うふぁいさん。
と同時に誰の目にも止まらないまま散り、流れゆく紅葉にも「切なさの美学」を見出します。

寂びとは、経年に趣きを感じること。侘びとは、寂びを感じる心。
正に、秋の色なき風に吹かれる色鮮やかな紅葉に助けを借りて、広がっていく思考を見せてもらっているようでした。

そして、特に印象に残った一節を引用させていただきます。

もしかしたら、わたしたちの美とは、誇りに近いのかもしれない。

色なき風と空気の色彩|いるさん

美術部だったお母様から教わるアート。もうこの時点でメチャメチャいいなぁと思いました。
そして、表現する原点に気づく。まさに、「ザ・灯火杯」の作品構成でさすがでした。

メインどころから少しズレるのですが、ここの表現が個人的に大好きです。

秋の美術館のまわりの色づいてきた葉と、柔らかいどこかオレンジ色を纏ったような空気は、毎年変わらずそこにある。

秋の季語で「色なき風」という言葉があります。物悲しい秋の風や五行思想の白にちなんだものと言われていますが、とても好きな言葉です。

確かに、もの悲しさもありますが、一方で秋の風こそ暖色が多いというか、紅葉や秋の装いとか、色や感情を強く感じます。それは正にいるさんも書いているような空気に色を感じる心であり、だからこそ、彩り豊かな秋の風が逆に「色なき風」というのも、かえってその豊かさを際立てるような感覚に浸っていました(ちょっと禅問答みたいなこと言っててすみません)。

苦しいとき、その疑問がふと浮かぶ|トラ子さん(エール賞受賞作品)

参加者による投票制のエール賞。
数に裏打ちされたこの賞で、2回連続トップ票獲得という偉業を達成されたのがトラ子さんでした。

「これほどの時間を費やして、何になるのだろう」

恐らく、創作に携わる多くの方が、結果が出ないときや苦しいときに自問自答したくなるのがこの問いではないでしょうか。
ですが、この問いが出てくること自体が、最も本質的な気づきだと、誰もが知っています。

それは、成果主義に根差した生存の仕方と、人間的な生きがいを感じる生き方は、完全一致することはないということです。

そして、孤独や無駄が育てる感覚と感性。
ど真ん中をしっかりとした世界観で綴った見事な作品で、さすがエール賞の作品でした!

原点を思い出した朝 ーしいもしゃんと長女ちゃんとー|カオラさん①

「書く」と「描く」で届けたい|カオラさん②

カオラさんからは2作品エントリーいただきました!ありがとうございます!ただ、すみません、わたしもご応募作品一覧をまとめているときに見過ごしてしまったのですが、レギュレーションとして1人1作品とさせていただいているため、賞の選出からは外させていただいています。

カオラさんも1作目が元々エントリーいただくためのものではなかったため、意図的なことではなかったと思いますので、わたしも次回以降改めて注意できればと思います。
*「これっていいの?」と内心思っていた方もいらっしゃると思うので、改めてこの場で言及させていただきました。

ただ、カオラさんとしいもさんは、それぞれ交換note会でお話を伺っていて、勝手にお話しいただいたらと思っていたので、わたしも念願叶ってうれしい気持ちで拝見していました!

ひたすら夢中で描いていた。

もっと上手くなりたいな
今度はあんなのが描きたいな
これはどうやって描いているんだろう

この部分が凄く好きで、やっぱり、こういう気持ちですよね。
誰に言われるわけでもなく、どんどん調べる、もっとこうなりたいと思う。
最も純粋で、健康的で文化的な欲求は正にこういうことだなと思いました!

手放すこと、こだわること|ミクさん

「仕事とは何か」という、核心を突くお話です。

究極のところ、仕事とは他人の期待に応えることだとわたしは考えています。
そして、文章を書く本人のテイストは必要ですが、こだわりみたいなものは往々にして邪魔(というかトラブル)になることが多いです。

この「筆者の自我」みたいなものは、お客さんから依頼を受けてPRや拡散(プロモーション)を行う仕事のときに浮き彫りになり、「あぁ、自分は自身の文章のファンが欲しいんだな」と気づくとともに、商業のルールに載り切れなかった自分を思い出します。

一方で、名前が知れていくと、自身としての個性を売ることになり、期待されるものが「オリジナリティ」になるというのも興味深いです。
改めて、よく発信している他人軸と自分軸というのは、バランスであり、順番(フェーズによる配分)もあるのかなと痛感させられました。

僕たちは何にぶつかるんだろう|アージさん

アージさんの描く世界観、小説の世界観が凄くしっかりしていて個人的にメチャメチャ好きです。
美術館の立地、名称、経営について。持つ夢。すれ違い。
どれも子細までは言及されていません。

ですが、それはありそう、いや、確実にどこかにある1ページなんだと思いました。少しずつボタンを掛け違いし続けてしまったような、誰が悪いわけでもなく、気がつけば置き去りにされてしまう心。

本心との乖離はとても切なく感じる一方、あくまでそれは捉え方や感情によって見え方が変わる可能性も示唆されています。

僕が「何が何だか分からなかった」と答えたら、彼女は大声を出して笑った。その笑顔が眩しくて、その時間がいとおしかった。

もうこれ、本当に「いとおしい」んです!!急に語彙力が低下してすみません💦

他者評価という魔物|ゆづさん

全国を目指す部活の空気感。
それは本来、もっと純粋でポジティブなものだったはずなのに、いつしか重圧になる。もちろん、全国を目指せる位置にいるだけでも凄いことです。

結果を出さなければならない。
この文字の羅列にどれだけ踊らされてきたんだろう。誰かのために。賞のために。認められるために。自分のために。いろんな思いが渦巻き続ける。その度にうんうんと唸って、頭でっかちになって、答えの出ない正解を探して迷い続けた。途方のない旅だった。わかったのは、答えなんてものは一生でない。ただ、それだけ。

これ。本当にこれなんです。
他のnoteでも何度も書いていますが、他者評価がお金を得る手段のベースになっている以上、避けては通れません。

ですが、そこにはいつもモヤモヤがどこかに引っかかっています。そして、そこに対してあまりに鮮やかに断言します。
「答えなんてものは一生でない」

シビれました。確かにその通りだとわたしも思います。
でも、それは確からしいとか、きっとそうなんだろうとかまでしか言えません。答えがどこかにあってほしいと思うから。

ただ、そこに気づいたからこそ、成果を目的にするのをわたしも辞めたのだと、一人で納得していました。

僕たちはどう考えればいいのか|とこさん

休職期間の終わりに寄せられた、とこさんの作品。
たくさんのことを考えさせられました。

同じ休職・復職経験者と言えばそうなのですが、うつ病の方の年単位での休職というお話を聞くと、やはり、簡単に一緒にしてはいけないなと思います。

そして、人への共感のリテラシー。

気合いとかメンタルの弱さとか言うのは、さすがに時代的にアウトな気がします。
とは言え、うつ病の中にも種類があるとか、先述のようにうつ病と適応障害はどっちが大変とか、うつ病な上にこの種類の手帳があるとか。

不幸自慢がしょーもないという話ではなく、どうしてもランクをつけがちという話。そして、自分がサラッとできる側だと、「なんでできないんだ」という意見は分野が違えば、誰でもポロっと出てしまうことなんだとも思います。

さらに言うと、仕事は契約である以上、グダグダ言ってないでいいからやれというのも、一理あるというか、ときには必要な考え方だとも思います。
仕事である以上、当然到達すべき利益があるわけで、前提としてその人に合ったやり方が必要だとは思いますが、結局やらなければいけないことは、当たり前ですが、誰かがやらなければいけません。

どちらが正しいとかいうわけではなく、お互いにお互いのことをわかろうとする難しさを知るとともに、これも結局当事者になるとより難しいというのも身をもって体験済みのため、一層色々なことを考えさせられる作品でした。

サムネ+エール=サムネール|すのうさん

本の装丁とサムネ(noteのトップ画像・バナー)のお話。
どちらもメチャメチャわかりみしかないお話でした!(突然の語彙力ロスト)

想定に関しては、夏に出る名作のカバーリメイクはわたしも大好きです!
すのうさんが紹介されている人気漫画家さんのも惹かれますし、今年わたしが買ったのは角川の質感とオシャレさに惹かれたシリーズでした!

わたしが吸い込まれたのはコチラ!

そういえば、装丁って「そうてい」って読むんですね!落丁や乱丁みたいに、ずっと「そうちょう」だと思っていました。
国勢調査も長年「こくぜいちょうさ」だと思っていたので、予測変換で出ないときは注意しないとですね!

純粋なスキが詰まっていた|りんちゃん(ひいろさん選出「言葉を紡がない時間を泳ぐスイミー賞」受賞作品)

準灯火賞とも言うべき、りんちゃんの作品。

レオ・レオニさんの作品は、わたしも好きですし、パートナーも大好きです。
そして、娘さんの純粋な好奇心と、全身で美術館をたのしむ姿。

創作の原点を思い出させてくれる、「どんぐりころころ~」から始まるオリジナルソング。
タイトル・写真・イラストと本当に完成された作品でした!

やっぱり、ボタニカルが鍵っぽい|もなかさん(いるさん選出「ことのは収穫祭賞」受賞作品)

わたしは、適応障害から復職して少ししてから、自分軸=自分が本当にしたいことや大切にしていることに少しずつ耳を傾けてきました。
そこで痛感したのは、残りの人生を考えたときの時間軸でした。

スピード・効率・成果に傾倒した結果、もう一つの考え方は追いやられてしまったように感じます。
そこで、わたしが声を大にしているのが、植物を育むような姿勢でした。

もちろん、こっちのほうがいいという話ではなく、注力するものや時間軸によって、上手く使い分けられたらいいというお話です。

改めて、この毎日少しずつでも、しっかりと継続した先に大きな果実が実る考え方に、エールをいただいた気がした作品でした。

不安の殻が割れた|さばくさん(ミクさん選出「みくまゆたん賞」受賞作品)

絵を描くときはお手本を見ながら描いていたし、塗り絵は「好きな色で塗っていい」と言われても実物の色を確認しながら塗っていた。
もしかしたら、誰かに「それ変だよ」と言われることが怖かったのかもしれない。

「創造」にネガティブな面があるとしたら、恐らくこういうことではないでしょうか。

「何をしてもいい」「自由にやっていい」と言われても、そこには暗黙の(もしくは明確な)レギュレーションがあることが往々にしてあります。
*灯火杯自体も、そうした側面があると思っています。

だからこそレギュレーションを何度も確認したり、アート関連など過去の事実があるものは、ちょっと気になったことでも調べながら書いているので時間がかかりやすいです。そして、それがファクトチェック力として、ライターの一つの能力として評価してもらえるようになりました。

よくわからないこと、いきなり出た大海原で戸惑うとき、突然茶道の茶室に入れらたとき。結局、王道を避けてきた自分の核心にある想いはこれだったのかもしれないと思いました。

そして、雲に覆われた思考の輪郭に落ちこむことなく、インプットを強化し、一つの作品に出逢い。アートとエール、そして書くということ。
辿ってきた道そのものを見るようであり、またこれからもぶつかるんだろうとな思って読ませていただきました。

あ、ちなみに、作中に言及されている絵は必見なので、ぜひ検索してみてくださいね!*権利的に勝手に画像を貼れないため。

見事、"全部乗せ"でした|しいもさん(灯火賞受賞作品)

今回のグランプリに相当する灯火賞を受賞されたしいもさんの作品。
わたしに刺さる要素がてんこ盛りでした。

今でこそ薬でコントロールできていますが、季節の変わり目(特に秋)は、小児ぜん息から付き合っているわたしにとって悩みの種でした。

散らかった洋服。毎日のように注意し、結局片付けるのは一番言いたかった本人ではない兄妹。

学校で褒められても不登校を選んだ長女くん。これでいいのかと悩むのは本人だけではありません。選択肢は明らかに増えました。でも、本当にそれでいいのか。この道で本当によかったのか。

選んだ道を正解にするのは自分です。ですが、自分の道ならそれはそうですが、子どもたちに関しては?親だからと片付けるには、あまりに大きなプレッシャーではないでしょうか。

そして、前向きに夢中になれたこと。将来にも繋げられるかもしれない。
目の前のことから逃げてばかりではという意見もあると思います。タイムリミットが差し迫っているものは確かにそうです。ですが、長い目で挑む必要があることは、まずは「挑めるような状態」になることも大切だと思います。

毎年積み上がって行くのは、画力だけでなく自信というか、未来への希望も含まれているような気がしてなりません。挑戦する姿勢に大きなエールをいただいた作品でした。

今日もエセエッセイ|はれるやさん

ショートショートと言えば、はれるやさん。
灯火杯のようなコンテストだけでなく、他の自主企画でもたくさんご参加いただいているはれるやさんのショートショート、わたしもテイストが染み込んできました!

思考をそのまま置いていくような、はれるやさんの作品が大分クセになっているのですが、そのなかでも今回特に印象に残ったのは「エセエッセイ」の一言でした。

メッチャわかります。

わたしも、ちゃんと調べた結果、普段note記事にしている日常を独自の視点で語ることだったのかぁと一応は納得したものの、エッセイって特にnoteのなかではメガ進化している気がして、まったくもって太刀打ちできないなという感覚は今もあります。

本当に伝えたい、ただひとりに向けて|乃井万さん

ただひとりに向けたメッセージが、結果的に多くの人の心を掴む。
ライティングやマーケティングの文脈で、一度は聞いたことのある方がほとんどではないでしょうか。

本当に伝えたい想いは?それを伝えたい人は?
今一度、立ち止まって考えたくなる作品でした。

そして、もう一つ。どうしても考えずにはいられなかったことがあります。
わたしは、数年間嗅覚がまったく機能していなかった期間があります。

嗅覚が効かない代わりに、他の五感がカバーしてくれるかもと思いましたが、少なくても当時のわたしには無理でした。

そういえば、先日盲導犬を連れている方を美術館で見かけました。もちろん、どの程度の視力なのかはわかりません。ですが、わたしは多分怖いというか、自信がないのだと思います。

もし、五感のどれかが機能しなくなったとき、芸術作品をどう感じるのかが。
ですが、今回の乃井万さんの作品で少しだけ希望をいただけた気がしました。

交差する、たくさんの想い|波さん(極さん選出「Blue Hour賞」受賞作品)

見出しの一つ「心変わりは裏切りなのか」に、ハッとさせられました。

何かが好きとか、ゲームとかであれば気にするようなことはないはずのテーマだと思いますが、人間関係や誰かの思う「理想」や思惑が絡むと、一気に話が変わります。
*そういうのがあって、わたしの場合はMMORPGに手を出すのを辞めました。

そして、特にたくさんの思惑が絡まりやすいのが、いわゆる推し活というカテゴリーなんだと改めて痛感させられました。

「ファン」にも色々な方がいます。
持っている情報の差。リテラシーの差。

貶めようとか混乱させようという悪意ではなく、よかれと思って迷惑な意見をぶつける方もいます。
さらに、活動者本人と運営側の想いも、一致しているとは限りません(昨今の「卒業」が相次いでいるのも無関係ではないと思います)。

わたし自身も歌い手さんとか、VTuberさんが大好きなので、一層色々考えさせらる作品でした。

頭を垂れる|極夜さん(トラ子さん選出「音が揃って星トラ子が泣いたで賞」受賞作品)

若さは歪なものなのだと思います。いえ、歪なものを若さとよぶのでしょうか。
もちろん、わたしたち自身もかつてそうだったのでしょう。

昨今では、情報と選択肢が増えすぎたせいで、性やお金、そして情報のパラメーターが上がり、それは大人たちが幅を利かす世界との接点を増やしています。

今に始まった話ではなかったですし、完璧な時代などないと思いますが、学級閉鎖的な状況、少し前の価値観で言うと「素行が悪い」ことは、わたしの学区内でも日常的な話になってきました。

そのなかで描かれる「全幅の信頼」。
ただただ尊敬しかありません。
そう、改めて彼らは普通の小学生であり、方法を間違えなければちゃんと信頼してくれるのだというのを見せつけていただいた感覚でした。

ぜひ、先生方にどのようなことを意識していたのかなどを伺いながら、自分たちは子どもたちを変な方向に反発させてしまう教育をしていないか、襟を正したいと思った作品でした。

捉えるもの|Temppさん(HIKOさん選出「アナザーワールド賞」受賞作品)

惹き込まれる作品。
その要素をうまく分解して説明できないとき、言語化が得意なほうというのが気のせいだった気がして、あまりに心細く感じます。

去年の冬から、4回開催されたすべての灯火杯で受賞されているTemppさん。

最初はなかなか世界観が掴めず苦戦していたのですが、毎回のご参加や企画参加、そして、感想文プランへのお申し込みなどを経て、わたしも少しはTemppさんの作品がわかってきたような気がします。

まずは、ファインダーというか、見方・捉え方ですよね。
同じプロットでも絶対にこうは書けないというのをつくづく思い知らされます。独特の世界観は、Temppさんの世界の感じ方に起因するような気がしています。

特に今回は最後のほうは凄く怖かったですし、それは、実際にありそうだなと思えたからでした。

あと、個人的にはこの表現が好きです!

 けれどそれは巨大で美しい線香花火のようなものだったのかもしれない。その素晴らしい才能は激しく人を魅了し、そうしてしぼんで誰にも見えないどこかに転げ落ちてしまったのだ。線香花火の玉が真っ黒になって夜に紛れて見わけがつかなくなったように。

職人 or アーティスト?|らいおんさん(アートテーマ賞 受賞作品)

結果発表noteでも触れさせていただいたように、職人とアーティストの分類。さらにそこからの、noteとの絡め方がさすがすぎました!

そして、もう一つがボタニカル視点。

種や根は地表には出ません。実るのかわからないような無数の根をあらゆる領域に伸ばしている。
 そこからの着想は、作品として結実するかはわからない、もし結実したとしても多くの人から評価されるかはわからない。
 しかし、その地中にしか生まれない自分だけの探索。作品だけではなく、そこまで含めたすべてこそがアートなのではないか、そんなふうに読みました。

先日行ってきた、「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」でも痛感しましたが、「そこまで含めたすべてこそがアート」というのは、正にその通りだなと思いました(この場合は、本人だけでなく家族にまでその対象を広げていますが)。

それは展示室のように|スミレさん

灯火杯の作品を、展示に見立てていただいたスミレさん。
この感覚はメチャメチャ共感していまして、例えば、noteのクリエイターページや各マガジン(の固定記事や並び)なども、できる範囲で気にしています。

本棚もそうですし、PCのデスクトップ、スマホのホーム画面とかもそうです。UI至上主義から来ているものからもありますが、根っからのキュレーター気質なのかもしれません。

そして、スミレさんも言及されているように、一人ひとりが生み出すnote記事の唯一性。
言われてみれば当たり前のことなのですが、ハッとしました。


今回の灯火杯4th、いかがでしたでしょうか。
全作品感想も無事書き上げられましたので、いよいよ、次回「灯火杯5th Re:クリスマス」の正式告知の準備ができたらと思います!

ぜひ、また多くのnoterさんに、ご参加いただけたらうれしいです!

▽次回の予習はコレで完璧!?攻略本、出しました!▽



#note感想文

いいなと思ったら応援しよう!

花邑 灯火 @リ・キュレーター 自主企画コンテスト「灯火杯」の賞金や美術館、書籍や有料購入など、note活動のために使わせていただきます!

この記事が参加している募集