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ぐひんの山 序章

「かんすさびを上手にできた子」「できない子」
主人公・陽菜は上手にできたおかげで蔵から出ることができた。
平良須へらす山の首つり鉄塔。
限界集落に密かに伝わる話。
平良須山には人を喰うぐひん様がいらっしゃる。
首つり鉄塔を建てる前にあった祠には何が祀られていた?
蔵の木箱は何のため?
祠跡に埋まっていた甕の中の骨。
それを掘り当てたとき、妹の弥生が神隠しに遭う。
生死も分からないまま、2年が経ち、陽菜を含む幼馴染み達はそれぞれ成功を収めていたが、次々と急死・変死・事故死してしまう。
一体陽菜たちに何が起こっているのか。
陽菜は突き動かされるように、自分の一族の秘密、平良須山の謎を解明しようとするが。

あらすじ

 夜明け前、玄関の上がり口で陽菜ひなは体を縮こまらせて、磨りガラスの引き戸をじっと見つめ、何者かが去るのを待っていた。冬の寒さで結露した磨りガラスに、小さな手のあとが一つ付いている。

 陽菜は息を潜め、声を押し殺す。昨夜の雪で空は曇り、山間の村だけに朝が遅い。夜が明けさえすれば、太陽の光で禍々しい気配はかき消されるのではないか。

 どのくらい待ち続けただろう。遠くから軽トラのエンジン音が聞こえてきた。平良須へらす山から麓にある饗庭あいば村まで飛んできたハシボソカラスの鳴き声が、まるで悲鳴のようだ。やがて、磨りガラスの向こう側の闇がぼんやりと白み始め、雀が鳴きながら玄関先に舞い降りてくる気配を感じた。

 それから十五分以上待ち続けていると、太陽光が磨りガラス越しに差し込んできた。引き戸のガラスが温められて、磨りガラスに付いた手形は跡形もなくなった。

 陽菜はゆっくりと立ち上がり、上がりかまちから玄関口に下りると、静かに引き戸の取っ手に手をかけた。恐る恐る少しずつ引き戸を開けていく。すぅっと冷たい外気が玄関へ滑り込んできた。

 十センチほど開けた引き戸の隙間から外を覗く。玄関前の門扉は閉じられていて、その柵の上にわずかに雪が残っている。ポタポタと雪解けの水が滴っていた。

 凍えるような空気を陽菜は浅く吸い込んだ。吐く息が白い。冷たさに頬と指がかじかんでくる。冬の冷たい空気に裏山の木々の匂いと畑の雪で湿った匂いが混じって鼻腔に突き刺さる。

 誰もいないのを確認してから、すぐに引き戸を閉めて、母親の寝室に向かった。

 陽菜の頭の中で、「早く逃げないと」という思いと「ぐひん様をかめに封じなければいけない」という考えがぐるぐると駆け巡っている。封じるとなると自分はすぐに逃げられない。だから、母親だけでも逃がさないといけない。

 母親が寝ているはずの寝室に駆け込んだが、乱れていない布団を見て母親が一晩中起きていたのが分かった。

「お母さん……」

 一人で山に戻ったのかと、慌てて縁側のある部屋へ向かった。玄関を見張っていた間、母親は一度たりとも顔を見せなかった。外へ出入りできるのは縁側だけだ。廊下を挟んだ向かい側のふすまを開けると、掃き出し窓を開け放ってへたり込んでいる母親を見つけた。すぐに、背中を丸めた母親に駆け寄り、声をかける。

「お母さん!」

 陽菜の呼びかけにも答えず、母親は体を前後に揺らしながら、ぬいぐるみを抱いている。いくら朝とは言え、ぐひん様が絶対来ないとは限らない。まさかと思いつつも、

「お母さん、窓を閉めて!」

 母親が動こうとしないのを見て、陽菜は慌てて掃き出し窓を閉め、鍵をかけると、母親を振り返った。乱れた長い髪から覗く正気を失った目と目が合う。

「閉めたらダメよ、陽菜。弥生が帰ってくるかもしれないじゃない」

 ショックが強くて、母親はまだこの事態を受け止められないでいる。

「ここにいたら死んじゃうよ。ぐひん様は目が見えてないけど、弥生にはお母さんやわたしが見えてる。弥生に見つかったらぐひん様が来ちゃうから」

 ぐひん様には目がない。その代わり弥生がぐひん様の目の代わりをしている。

 必死になって母親を説得しようとするが、母親は立ち上がることすら嫌がった。

「お母さん、仏間に行こう」

 甕を置いている仏間に避難して、ぐひん様を封じることができる甕の、装置としての機能を蘇らせないとならない。しかし、先祖はどうやって甕にぐひん様を封じたのだろう。封印するための重要な欠片ピースがあるはずだが、いまだに分からないままだ。

 母親の左腕を取って引っ張っても頑として動こうとしない。片方の手には古ぼけたクマのぬいぐるみが握られている。

「お母さん、お願い!」

 父親が死に、弥生を救えず、母親まで失いたくない。懸命に母親の手を引いて仏間へ連れていこうとした。真冬なのに、脂汗がじっとりと額ににじんでくる。

 何故こんなことになってしまったのか。陽菜は自分のしてきたことを思い出そうとした。

 タイムカプセルを見つけられず、代わりに甕を見つけたからか。それともタイムカプセルを祠跡に埋めることにしたからなのか。

 どれも違う。しっくりこない。心がざわつく。

 それとも何もかも、『かんすさび』から始まったのだろうか……。

#ホラー小説部門 #創作大賞2025


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