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本能寺の変1582 5月12日 1/5 №6-149 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

5月12日 1/5 №6-149

はじめに ←目次 重要 ◎目次 過去記事 目次 【記事一覧】 
【五大要因】  
1 時代の風潮
 
 1戦国時代=相互不信の時代
  2美濃
  3尾張
2 光秀の実像
 
 1信長という男
  2光秀という男
  3光秀と光慶  1光秀の素性 2光秀の年齢 3嫡男光慶
  4先祖の教訓
  5大量殺戮
  6信長の弱点
3 光秀の苦悩
 
 1粛清の怖れ
  2光秀の老い
  3四国問題
  4志向の相違
  5自立への道
4 武田の滅亡
 
 1甲斐遠征
  2勝頼の首
  3武田効果
5 信長の油断 大要 概略
  
「事態急変」
  1 勝利の余韻 概略  4月21日
              4月24日
  2 四国出陣  概略  5月7日 1/3 2/3 3/3
              5月11日
  3 足蹴事件 概略 5月12日  1/5  2/5  3/5  4/5
                     5/5
            5月15日
            密室にて   1/3  2/3  3/3
                         ④ 概
                     ⑤ 概
  4 中国出陣 大 概略 備中高松城 大 概
              5月17日
            坂本にて        
                     4  ② ③ 5 6 
              5月19日 大 概
              5月20日 大 概
              5月21日 大 概
  5 時は今、・・・・・。
              5月26日 大 概
              5月27日 大 概
              5月28日 大 概
              5月29日 大 概
さる程に、不慮の題目出来候て、

【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】 【重史一覧全通】
【抜粋】
【注目ポイント】 目次
【人物】
←【粛清の怖れ】 【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
3光秀と光慶 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
【四国問題】    目次 【四国問題 概要】   十
【足蹴事件】 【重史040】 【重史041】
←【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
 信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正

5月12日 1/5 №6-149

【記事一覧】【五大要因】  5 信長の油断>3 足蹴事件>
      →【四国問題】 天正十年 目次
              0512 1/7 2/7 3/7 4/7 5/7 6/7 7/7
      →【重史052】 【重史169】 【重史008】

この日が、信長の誕生日である。
フロイスは、六月二日(本能寺の変)の十九日前と言っている。
五月は、小の月(二十九日まで)。
逆算すれば、そうなる。                    ex001

 ①彼の生まれた五月の日に
 ②己の神体を拝むことを命じた。
 ③信長がかくの如く驕慢となり、
 ④祭りを行った後十九日を経て、
 ⑤その体は塵となり灰となって地に帰し、
 ⑥その霊魂は地獄に葬られた‥‥(略)。
                 【重史052】「イエズス会日本年報」

信長は、天文三年1534の生れ。
この年、四十九歳。
来る年、五十歳になる。                    ex002

「人間五十年、下天の内をくら(比)ぶれば」        →【重史169】         
信長は、幸若舞を好んだ。
特に、「敦盛」の、この一節。 
余程、気に入ったのだろう。
『信長公記』には、二度出てくる。               ex003
ともに、首巻。              →【信長の人物像】 信05

信長には、絶大な自信があった。            →1 勝利の余韻
背景にあるのは、「武田効果」。
信長は、最強・最大の武器(武力)を手に入れた。          ex004

信長は、目的意識の強い男。
「五十年」を強く意識していた。
それまでに・・・・・。
「天下布武」は、成る。                    ex005

そのことが、信長に先を「急」がせた。
それが、「焦り」となり、
そこに、「隙」が生じた。
これすなわち、「油断」
「前を見れば、後ろは見えず」                 ex006

光秀は、これを見逃さず。
そこを衝いた。
それが「本能寺の変」である。                 ex007

そして、その(「天下布武」)先に、・・・・・。
信長の「さらなる夢」があった。            →【重史008】
フロイスは、このことを確りと書き留めている。         ex008

 ①一大艦隊を編成してシナを征服し、     「イエズス会日本年報」
 ②一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し、        『日本史』
                               ex009

世界は、大航海時代。
イエズス会は、シナ(明1368~1644)での布教を拡大しようとしていた。
背景には、ポルトガル(スペインにより併合1580された)の野望があった 。
                               ex010
                               

信長の目は、海外を見ていた。
信長は、イエズス会の巡察師ヴァリニャーノや宣教師フロイスたちから大きな刺激を受けた。
そして、覚醒。
信長の思いは、東シナ海の向こう側にあった。          ex011

結局、信長の拡大政策は、止まず。
戦いは、まだまだ、つづく。

そういうこと、である。

これが、信長の志向。                     ex012

なれど、・・・・・。
光秀は、高齢。                     →そ第7話①
この年、五十九±四歳ぐらい。               →そ第77話

嫡男光慶は、若すぎた。           →そ第7話② 【重史014】
まだ、13歳。               
今風にいえば、小学校6年生ぐらいである。           ex013

光秀は、明智の将来が不安だった。   →3光秀と光慶 (3)光秀の嫡男
その時、果たして、己は、生きているのだろうか。
当主としては、当然のことである。               ex014

だが、・・・・・。
信長は、きわめて壮健。
信忠は、申し分なき後継者。
               →【 人物 】
織田家は、安泰。
盤石の体制となっているであろう。

そればかりに、あらず・・・・・。


【参照】
【時は今・・・】 目次
 0521 目 0526  0527  0528 目 0529

本能寺への道

本能寺への道1
  そ第78話① 性格・人格・人間性の形成
  そ第78話② そのような時代
  そ第78話③ 四月二十一日 同二十四日
  そ第78話④ 事態急変 五月七日
  そ第78話⑤ 同十五日
  そ第78話⑥ 「足蹴事件」

本能寺への道2
  そ第78話⑦ 秀吉は備中に 同十七日
  そ第78話⑧ 石谷頼辰は土佐に 同二十一日
  そ第78話⑨ 土佐は僻遠の彼方 所要時間

本能寺への道3
  そ第78話⑩ 同二十六日
  そ第78話⑪ 分岐点 選択肢は二つ
  そ第78話⑫ 同二十七日

本能寺への道4
  そ第78話⑬ 同二十八日
  そ第78話⑭ 同二十九日 上洛
  そ第78話⑮ 同日 亀山 二人揃った

本能寺への道5
  そ第78話⑯ 六月一日 出陣
  そ第78話⑰ 同日 公家参集
  そ第78話⑱ 同日、夜
        光秀は、決断した。

【四国問題】 天正八年 天正九年 天正十年 目次
【四国問題 概要】 天正八年 天正九年 天正十年

重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次

←【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道

その一因 目次大 概説大 目次中

3光秀と光慶
 
(1)光秀の素性
 (2)光秀の年齢
 (3)光秀の嫡男

見えてきたもの 目次大 目次中 +240607
【信長の人物像】 6 7 8 9 10
【ここがポイント!!】



 ⇒ 次へつづく

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