本能寺の変1582 【五大要因】 小 260426 №6-133 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
【五大要因】 小 260426 №6-133
はじめに ←目次 重要 ◎目次 過去記事 目次 【記事一覧】
←【五大要因】 中 小
←1 時代の風潮 1戦国時代=相互不信の時代
2美濃
3尾張
←2 光秀の実像 1信長という男
2光秀という男
3光秀の素性
4先祖の教訓
5大量殺戮
6信長の弱点
←3 光秀の苦悩 1粛清の怖れ
2志向の相違
3光秀の老い
4四国問題
5自立への道
←4 武田の滅亡 1甲斐遠征
2勝頼の首
3武田効果
←5 信長の油断 1 勝利の余韻
「事態急変」
2 四国出陣
3 足蹴事件
4 中国出陣
「時は今」
←さる程に、不慮の題目出来候て、
←【注目ポイント】 目次
←【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
←【人物】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正 260426
【五大要因】 小 260426 №6-133
1 時代の風潮
(1) 戦国時代
相互不信の時代
(2) 美濃
(3) 尾張
2 光秀の実像
(1) 信長という男
【参照】
【信長という男】
目次
1/5 目 ①~⑲ 【注ポ09】
2/5 目 ①~④ 中背・瘦せ・声。戦国武将。誇り高い。人間らしい。
3/5 目 ⑤~⑨ 目的意識。激烈果断。カリスマ。飲酒。絶対専制。
4/5 目 ⑩~⑭ 執念深い。合理主義。神仏。清潔。完璧主義。
5/5 目 ⑮~⑲ 短気。気さくな一面。好み。猜疑心。カリスマ。
結論 目 【注ポ08】
関連史料
【重史146】『日本史』
【重史140】
①司祭が都に到着して三日を経、
④信長は、贈物を見た後、ビロードの帽子だけを受理した。
【重史141】
①信長は、建築作業に従事しており、
②濠橋の上で待った。
【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
(2) 光秀という男
【光秀という男】
目次
1/7 目 ①~㉖ 光秀の実像=真の姿。「要因」の一つ。 注目01
2/7 目 ①~③ 光秀には、細川藤孝に仕えた時期があった。
3/7 目 ④~⑥ 光秀は、出来る男。信長の気心をよく知っていた。
4/7 目 ⑦~⑨ 新参者。出来る男。
信長の性格・気性を知悉していた。
忠義心が希薄。自立心が強かった。 注目02
5/7 目 ⑩~⑱ 典型的な戦国武将。
手段 殺戮 自立心 猜疑心 執念 兵法。
光秀の本性。典型的な戦国武将。 注目03
「本能寺の変」の根底にあった。
6/7 目 ⑲~㉒ 光秀は、出来る男。信長の性癖をよく知っていた。
信長は、誇り高い男。逆らってはならぬ。 注目04
「本能寺の変」の要因の一つ。
7/7 目 ㉓~㉖ 典型的な戦国武将。出来る男。明智の再興。
なれど・・・。
結論 目
1~4/x 目 変の一因
5~8/x 目 京都馬揃え
9~14/x 目 ヴァリニャーノ来訪
15~17/x 目 安土夜祭り
18~19/x 目 スペインの野望
20~21/x 目 信長の「さらなる夢」
22~25/x 目 逆風
1/x 目 2/x 目 3/x 目 4/x 目 5/x 目 6/x 目 7/x 目 8/x 目
9/x 目 10/x 目 11/x 目 12/x 目 13/x 目 14/x 目 15/x 目
16/x 目 17/x 目 18/x 目 19/x 目 20/x 目 21/x 目 22/x 目
23/x 目 24/x 目 25/x 目目 24/x 目 25/x 目
関連史料
【重史241】 1/2 2/2 【重史001】 【重史101】 【重史006】
【重史007】 【重史008】 【重史098】 【重史172】 【重史173】
【重史181】 【重史190】 【重史174】
概略 20/x
関連史料 1京都馬揃え 2ヴァリニャーノ来訪 3安土夜祭り
4スペインの野望 5信長の「さらなる夢」 6光秀の思い
【重史140】 【重史141】 【重史142】
(3) 光秀の素性
1 素性
2 生年
3 嫡男光慶
【参照】
3光秀と光慶 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
(4) 先祖の教訓
土岐頼康
(5) 大量殺戮
光秀の真の姿
1 撫で切り
2 叡山焼討
3 越前一揆殲滅
(6) 信長の弱点
1 波多野秀治の裏切り
2 松永久秀の謀叛
3 荒木村重の謀叛
4 光秀の総括
3 光秀の苦悩
(1) 粛清の怖れ
【本願寺退城】
【粛清の怖れ】
【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
→5 信長の油断 (4) 足蹴事件
【足蹴事件】 【重史040】 【重史041】
(2) 志向の相違
1 信長の志向
①「竹生島事件」
②「さらなる夢」
【さらなる夢】
概略 20/x
関連史料
1京都馬揃え
2ヴァリニャーノ来訪
3安土夜祭り
4スペインの野望
5信長の「さらなる夢」
6光秀の思い
【重史140】 【重史141】 【重史142】
【重史008】 ◎第8話 ◎小8
①一大艦隊を編成してシナを征服し、 「イエズス会日本年報」
②一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し、 『日本史』
【重史077】 そ第152話③
①明智が悪魔及び偶像の友であり、
②デウスの教えを嫌ってゐた
「イエズス会日本年報」
2 光秀の志向
【志向の相違】
①「天橋立遊覧」
②「国々は、猶、長閑(のどか)なる時」
天正十年五月二十七日、「愛宕百韻」「続群書類従」
3 分かれ道
天正九年1581
分岐点
(3) 光秀の老い
1 光秀の年齢
2 嫡男光慶のこと
3 将来への不安
明智の将来は、一体、どうなるのだ。
明智の存続に関わる一大事。
後顧の憂い
明智の将来には、暗雲が立ち込めていた。
天正四年、大病を患ったことがある。
【参照】
3光秀と光慶 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
(4) 四国問題
【四国問題】 八 九 十 目次
【四国問題 概要】 八 九 十
光秀と長宗我部元親
最後の手紙
「元親御ため、然るべく候」 →【重史174】一月十一日
(5) 自立への思い
【自立への道】
光秀は、典型的な戦国武将。
自立心旺盛な男。
心の奥底には、「自立」への思いが燻ぶっていた。
なれど、・・・・・。
松永久秀を見よ!!
荒木村重を見よ!!
信長は、決して、それを赦さない。
ならば、・・・・・。
信長は、「隙」のない男。
これもまた、難しい。
否、不可能。
光秀は、
天正十年五月二十九日、信長が、上洛するまで、そう思っていた。
4 武田の滅亡
(1) 甲斐遠征
0201 木曾義昌が裏切った(武田→織田) 。 【重史046】
0203 信忠が、甲斐へ出陣した(先発隊)。 【重史046】
0209 信長、甲斐出陣十一ヶ条を発令。 【重史047】
①二月朔日、信州、木曾義政御身方の色を立てられ候、
②二月二日、武田四郎父子・典厩(武田信豊)、木曽謀叛の由承り、
③二月三日、信長公、諸口に出勢すべきの旨、仰せ出だされ、
④二月三日、三位中将信忠・森勝蔵・団平八、先陣として、
①二月九日、信長公、信濃国に至りて御動座なさるべきについて
③三好山城守、四国へ出陣すべきの事。
④惟任日向守、出陣の用意すべき事。
『信長公記』
(2) 勝頼の首
0305 信長、甲斐へ出陣。 【重史034】
0311 武田勝頼の最期。 【重史170】
三月五日、信長公、隣国の御人数を召し列れられ、御動座。
①三月十一日、武田四郎父子、簾中、一門、
②こがつこ(駒飼)の山中へ引籠らるゝの由、
③三月十一日、巳の刻、各、相伴、討死なり。
④四郎父子の頸、滝川左近かたより、三位中将信忠卿へ、
⑤関可平次・桑原助六両人にもたせ、信長公へ御進上候。
『信長公記』
(3) 武田効果
0317
信長は、己の勢威の強大さに驚いた。 【重史018】 【重史019】
①穴山、忠節を抽んずべきの条、朱印をなし、
②去る十一日四郎父子を討ち捕り、首到来候、
③典厩(信豊)の事、是も首到来、
④四郎の弟仁科五郎、是も首到来候、
⑤甲州の歴々の者ども、大略、首を刎ね候、
⑥尾濃の浪人、土岐美濃守(頼芸)を始め、岩倉・犬山等、
⑦卅日・四十日際(きわ)に、一偏に属するの事、
我ながら驚き入る計りに候、
⑧相州氏政、駿河へ在陣にて、一廉(ひとかど)馳走候、
⑨甲斐・信濃の事、城介を残し置き申し付くべき候、
⑩路次険難、老足叶うべからざる儀に候間、
⑪京都・五畿内、並に、羽柴藤吉郎方迄、残らず相触るべく候、
「武家事紀」
信長は、絶対的な武力を手に入れた。 →そ第74話② ◎第66話 66
「戦わずして、勝つ」
これが、武田効果。
信長は、絶大な自信=確信を持った。 →そ第74話② ◎第66話 66
「天下布武」は、成る。
光秀は、武田の滅びゆく姿をその目で見ていた。 →◎第115話 第115話
それ故、知っている。
信長の心の内を。
中国の事。
急に、慌ただしくなって来た。
安芸の毛利。
これとて、武田に同じ。
二の舞となる。
さ程、時間はかかるまい。
「天下布武」は、成る。
思いの外、早く。
ならば、・・・・・。
【参照】3光秀と光慶 (2)光秀の年齢 4光秀、最大の敵
そ第74話② 武田効果
【参照】10信長の甲斐侵攻 3信長、出陣 ◎第66話 66
信長は、わずか一月で四ヶ国を手に入れた。
「長篠効果」「本願寺効果」「武田効果」
【参照】14 信長の甲斐侵攻 5潮目の変化 ◎第115話 第115話
それは、瞬く間に、諸国に知れ渡った。 【重史019】
抗えば、滅す。
「あの武田が、・・・・・」
中国 毛利は、戦慄した。
四国 長宗我部、これに同じ。
光秀は、現役の戦国武将。
高齢ではあるが、
まだ、⑩老足(老人)では、ない。
光秀の生年は、大永四1524±四年ぐらい。
光秀の年齢は、五十九±四歳ぐらい。
【参照】3光秀と光慶 (2)光秀の年齢 5結論 そ第77話
【参照】11光秀の年齢 5結論 ◎第77話
【四国問題】
天正八年 天正九年 天正十年 目次
【四国問題 概要】
天正八年 天正九年 天正十年
←重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次
←テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次
←【シリーズ】
信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5
←その一因
目次大 概説大
目次中
←3光秀と光慶
(1)光秀の素性
(2)光秀の年齢
(3)光秀の嫡男
←見えてきたもの 目次大 目次中 +240607
←【信長の人物像】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
←【ここがポイント!!】
5 信長の油断
(1) 勝利の余韻
雲の上を歩むが如し。
【四国問題】 八 九 十 目次
4月
0421 信長、安土に凱旋。 【重史035】
0424 中国出陣は、「来る秋」のはずだった。 【重史036】
小早川隆景の軍勢が、近くの高山に着陣。
中国出陣の日は、近い。
光秀の心中や、如何に・・・・・。
「事態急変」
(2) 四国出陣
5月
0507 信長は、三男信孝に四国への出陣を命じた。 【重史012】
信長は、信孝に、讃岐と阿波 二ヶ国を与えた。
土佐については、未定である。
間に合わねば、光秀の責任問題となる。
0511 信孝は、四国渡海の準備に入った。 【重史225】
信孝は、阿波・讃岐 二ヶ国の新たな国主となる。
信長は、未だ、土佐の国主(くにぬし)を決めていない。
元親を取り巻く状況は、悪化の一途を辿っていた。
元親は、土佐を失う可能性すらあった。
(3) 足蹴事件
【足蹴事件】 目次 1/3 2/3 3/3 【重史040】 【重史041】
→3 光秀の苦悩 (1) 粛清の怖れ
【四国問題】 八 九 十 目次
0512 この日が、信長の誕生日である。 【重史052】
「人間五十年、下天の内をくら(比)ぶれば」 【重史169】
信長には、「さらなる夢」があった。 【重史008】
これが、信長である (①~⑲) 。 【重史146】
信長は、重臣といえども、容赦しない。 【重史240】
佐久間信盛を粛清した。
信長は、大衆に強い人気があった。 【重史235】 【重史237】
信長は、傲慢になっていた。 【重史236】
0515 徳川家康が、安土に到着した。 【重史226】
05** 「足蹴事件」 目次
1/3 【重史040】
信長は、逆上しやすく、
反対意見を言われることに堪えられない性格だった。
このことを、他の、誰よりも、よく、知っていたのが光秀だった。
だが、光秀は、甘かった。
その一言が、信長の逆鱗に触れた。
信長の身近に、イエズス会の関係者がいたらしい。
おそらくは、黒奴「弥助」・・・・・ (「松平家忠日記」) 。
2/3 【重史041】
しかし、この事件が、世間に知られることはなかった。
フロイスは、このように見ていた (1~4) 。
1この事件が、「本能寺の変」のきっかけになった。
2光秀は、野心家。
3光秀は、天下を欲していた。
4光秀は、計画的だった。
誰にも、胸中を明かさず。
その機を窺っていた。
3/3
光秀は、信長を怖れていた。 →5月12日 5/7
光秀は、信長の気性・性格を知悉していた。 →5月12日 5/7
用が済めば、粛清される。
役に立たねば、粛清される。
邪魔になれば、粛清される。
戦いが終われば、粛清が始まる。
明日は、我が身。
このことが、脳裏から、離れない。
そこに、「足蹴事件」が起きたのである。 「足蹴事件」1/3
信長は、傲慢になっていた。 5月12日 7/7 【重史236】
ついに、本性を現した。
=「隙」を見せた。
これすなわち、「油断」。
信長は、合理主義者。
この時は、光秀を赦した。
光秀は、役に立つ男。
「中国出陣」
「さらなる夢」
光秀は、出来る男。
キレ者である。
この瞬間を見逃さない。
光秀は、信長の心底を見た。
光秀の心は、信長から、離れた。
ならば、・・・・・。
その前に、・・・・・。
この事件が、「本能寺の変」の一因になった。 →「足蹴事件」2/3
光秀は、計画的だった。
光秀は、天下を望んだが故に、謀叛を起こしたわけではない。
(4) 中国出陣
0517 訣別の日。 【重史029】
光秀は、出陣支度のため坂本城に帰った。
光秀の心は、重く沈んでいた。
一、「足蹴事件」 1/3 2/3 3/3
一、土佐 長宗我部の問題。 0111 0507 0511 0521
一、光秀の年齢、嫡男光慶のこと。 0512 3/7
光秀は、明智の将来が不安だった。 0512 3/7
光秀は、出来る男。
キレ者である。
先を、見越していた。
光秀は、粛清を怖れた。 「足蹴事件」3/3
いよいよ、現実味を帯びて来た。
信長は、典型的な戦国武将。
猜疑心が強い。
信長は、執念深い。
根に持つタイプ。
後で、必ず、蒸し返す。
信長は、絶対専制君主。
天下の支配者であることを強く意識していた。
信長は、誇り高い男。
己に口答えする家臣を、決して、赦さない。
信長は、合理主義者。
無駄を嫌う。
信長は、重臣といえども、容赦しない。
佐久間信盛を見よ!!
信盛は、大坂攻めの総指揮官。
織田家の重臣筆頭者。
大身であり、家中最大の軍事力を有していた。
信長は、不意を衝く。
常套手段である。
粛清は、ある日、突然、訪れる。
恐ろしい男なのである。
光秀は、信長の気性・性格を知悉していた。 「足蹴事件」3/3
それ故、今がある。
「狡兎死して、走狗烹(煮)らる」
用が済めば、粛清される。
役に立たねば、粛清される。
邪魔になれば、粛清される。
戦いが終われば、粛清が始まる。
明日は、我が身。
このことが、脳裏から、離れない。
石谷頼辰、未だ帰らず。
土佐は、僻遠の彼方。
信長は、必ず、上洛する。
光秀は、肚を決めた。
0519 信長は、家康のために能舞を興行した。 【重史228】
信長は、中国出陣を控えている。 備中高松城 【重史227】
気が立っていた。
信長の目の前に、大きな誘惑がチラついていた。
毛利の動きが気にかかる。 備中高松城 【重史227】
そこに、「隙」が生まれた。
光秀は、これを見逃さない。
信長は、「急いておる」。
0520 信長は、家康に対し、最上級の誠意を示した。 【重史229】
高雲寺御殿にて、饗応。
信長は、自らが、御膳を運び入れた。
0521 (十日前)
1/2
家康、上洛。 【重史230】
この時、信忠が、家康とともに上洛している。 【重史231】
信忠は、中国出陣を控えていた。 【重史232】
2/2
長宗我部元親が、信長の命を受け入れた。 【重史042】
石谷頼辰は、土佐にいた。
「武田滅亡」
結局、これが、決め手になった。
恐るべし、「武田効果」。
だが、残念ながら、遅すぎた。
結果、頼辰は、間に合わず。
元親の決断が、遅すぎた。
このことが、光秀を極限へと追い込み、事件を誘発する一因となっ
た。
「時は今」
0526 (五日前) 目次 1/8~3/8 4/8~6/8 7/8~8/8
本文 1/8~3/8 4/8~6/8 7/8~8/8
1/8
光秀は、坂本から丹波亀山城へ移った。 【重史030】
信長は、安土にいた。
信忠と家康は、京にいる。
信長は、「急いておる」。
石谷頼辰、未だ、帰らず。
中国出陣は、六月一日。
残すところは、あと三日。 そ第78話⑩
光秀は、この一事に全神経を集中させていた。 そ第78話⑩
眠れぬ夜がつづく。
2/8
中国攻めは、「天下布武」の総仕上げ。 そ第74話④
秀吉は、毛利本軍を誘き出すのがその役目。 そ第74話④
信長の華々しい勝利を御膳立てする係である。
信長は、猜疑心が強い。
秀吉は、そのことを怖れていた。
秀吉に、実子はいない。
信長の五男秀勝(於次丸)を養子にしていた。
秀吉は、狡猾な男。
万事につき、抜け目がない
その点では、光秀の上を行った。
秀吉には、これ以上の手柄が不要だった。
信長は、秀吉を救援するために、援軍を派すのではない。
安芸に攻め入るために、軍勢を派したのである。
攻め口は、複数ヶ所。
先の、甲斐攻めを見れば、そのことがよくわかる 【重史046】
光秀は、信長の指揮下にあった。
秀吉の下につくのではない。
要注意!!惑わされるべからず!!
光秀は、手柄を上げる機会を与えられたのである。
甲斐攻めにおける、滝川一益と同様のポジション。
光秀は、国替えを察知していた。
3/8
光秀は、滝川一益の上野入国を思い起こした。 そ第75話
信長は、諏訪法華寺にて滝川一益に上野一国と信濃二郡を与えた。
信長は、一益に、名誉を与え最後の花道をかざってやろうとした。
一益は、五十八歳。 →【人物】 ◎第70話 そ第70話
高齢だった。
間もなく、六十代に突入する
「年罷り寄り、遠国へ遣はされ候事」 【 重史 022】『信長公記』
光秀は、すぐ側でこれを見ていた。 そ第75話
斯くして、一益の老後は、定まった。
信長は、猜疑心が強い。 そ第75話
有力な重臣を遠隔地に配した。
光秀にも、国替えの可能性があった。
国替えもまた、その一因となり得る。
4/8
その先に、信長の「さらなる夢」があった。 そ第75話
信長の目は、海外を見ていた。 5月12日 3/7
毛利を征服して、日本六十六ヵ国の領主となった後、
一大艦隊を編成してシナを征服し、 【重史008】
信長は、歩みを止めず。 そ第75話
すなわち、天下統一後も、戦いは、つづく。
5/8
光秀は、己の老いを自覚していた。 そ第75話
気がつけば、その様な年齢になっていた。 5月12日 3/7
光秀は、高齢。 →そ第7話①
嫡男光慶は、若すぎた。 →そ第7話②
光秀は、五十九±四歳ぐらい。 →そ第77話
光慶は、13歳。 →そ第7話② 【重史014】
光秀は、信長より、先に、死ぬ。
光秀は、明智の将来が不安だった。 5月12日 3/7
光秀にとって、このことが最大の悩みだった。
6/8
信長は、不意を衝く。
佐久間信盛を見よ!! 5月12日 5/7 【重史240】
粛清は、ある日、突然、やって来る。
光秀は、信長の気性・性格を知悉していた。 「足蹴事件」3/3
「狡兎死して、走狗烹(煮)らる」
用が済めば、粛清される。
役に立たねば、粛清される。
邪魔になれば、粛清される。
戦いが終われば、粛清が始まる。
明日は、我が身。
このことが、脳裏から、離れない。
光秀は、粛清を怖れていた。
光秀には、「守るべき者」たちがいた。 そ第78話⑩
光慶は、若すぎた。
その時、己は、もう、いない。
全ては、光慶のため。
子らのため。
明智のため。
7/8
そこに、起きたのが「足蹴事件」である。
0517 「足蹴事件」 1/3 2/3 3/3
信長は、絶対専制君主。 3/3
天下の支配者であることを強く意識していた。
信長は、誇り高い男。
己に口答えする家臣を、決して、赦さない。
1/3 【重史040】『日本史』
信長は、執念深い。 3/3
根に持つタイプ。
後で、必ず、蒸し返す。
佐久間信盛を見よ!! 1/3 【重史240】『信長公記』
「朝倉破軍の刻」
信長は、重臣といえども、容赦しない。 3/3
このことを、誰よりも、よく、知っているのが光秀だった。 1/3
その一言が、信長の逆鱗に触れた。 1/3 【重史040】『日本史』
信長は、傲慢になっていた。 5月12日 7/7 【重史236】
ついに、本性を現した。
信長は、合理主義者。
この時は、光秀を赦した。
光秀は、出来る男。
キレ者である。
この瞬間を見逃さない。
光秀は、そこに、信長の心底を見た。
光秀の心が、信長から、離れた。
光秀は、計画的だった。
この事件が、「本能寺の変」の一因になった。 「足蹴事件」 2/3
光秀は、天下を望んだが故に、謀叛を起こしたわけではない。
8/8
光秀は、待っていた。 0517
間に合えば、・・・・・。
再び、流れが変わる。
間に合わねば、・・・・・。
これすなわち、「失敗」。
光秀の責任問題となる。
斯くなれば、最悪の状態。
その時は、必ず、来る・・・・・。
土佐は、僻遠の彼方。 0517
頼辰は、間に合わず・・・・・。
その様相が、色濃くなっていた。
「明日まで」
光秀には、先が見えていた。 そ第75話 そ第78話⑩
これすなわち、明智の危機。 そ第75話 そ第78話⑩
明智の命運は、中国出陣によって定まる。
これでは、死んでも死に切れぬ。
これを阻止するためには、中国攻めを取り止めにする他ない。
信長は、必ず、上洛する。 0517
なれど、その日が、わからない・・・・。
光秀は、最終局面に、追い詰められた。
光秀は、肚を決めた。 0517
間に合えば、
予定通り、中国へ向け出陣する・・・・・。
間に合わなければ、
最後の手段、・・・・・。
おそらく、光秀は、このような結論に辿り着いた・・・・・。
0527 (四日前) 目次 1/3~3/3
1/3
信長は、上洛を決めた。
その旨を、京都所司代 村井貞勝へ伝えた。
このことは、やがて、公家たちの知る所となる。
信長の上洛情報は、オープンだった。
信忠は、信長の上洛を知った
信忠は、京で、信長を待っていた。 【重史028】「小畠文書」
①家康は、明日(二十八日)、大坂・堺へ下向する。
信忠は、京に残る。
②信長は、「近々」、中国へ出陣する。
③信忠は、それより前に、出陣するつもりだった。
④信長は、「一両日中」に上洛する。
2/3
光秀は、丹波亀山城にいた。
光秀は、戦勝を祈願するため愛宕山に参詣した。
【重史233】『信長公記』
光秀は、山上から、京の都を見下ろすつもりだった・・・・・。
光秀は、「信長が上洛する」、との報せをうけた。 0527 1/3
「明日」か、「明後日」のうちに。 0527 1/3
光秀の出陣日は、六月一日。 0526 1/8
光秀は、典型的な戦国武将。
疑い深く、用心深い。
果たして、来るのか、来ないのか。
「一寸先は、闇」
その時になってみなければ、わからない。
これが、最後の難関だった。
光秀は、待つ。
3/3
信長の目の前に、大きな誘惑がチラついていた。 →0519
信長は、その誘惑に負けた。
信長の脳裏には、武田の最期。
→備中高松城 3月17日 【重史018】
信長は、毛利を滅ぼすつもりだった。 →備中高松城
さらに、九州をも平定しようとしていた。
これで、「天下布武」は、成る。
そこに、「隙」が生まれた。 →0519
光秀は、これを見逃さない。
信長は、「急いておる」。 →0519
信忠は、京にいる。 →0527 1/3
家康は、明日(二十八日)、大坂へ。 →0527 1/3
信長は、上洛する。 →0527 1/3 2/3
信長・信忠、父子二人が揃うことになる。
事は、光秀の思惑通りに進行していた。
秀吉は、備中高松で毛利と対峙中。 →備中高松城
石谷頼辰は、終に、間に合わなかった。
残された道は、ただ一つ。
光秀は、己の迷いをフッ切った。
光秀は、この一事に己の全てを集中する。
0528 光秀は、愛宕山西坊にて連歌会を催した。 【重史234】
「あめが下知る」
「あめか下なる」 【重史005】
「あめかしたしる」 【重史032】
〃 家康が、大坂へ向かった。 【重史028】
信忠は、京に残った。
0529 信長が、上洛した。 【重史033】
従うのは、小姓衆のみ。
信長は、「油断」した。
好機到来!!
頼辰、未だ帰らず。
【時は今・・・】 目次
0521 目 0526 目 0527 目 0528 目 0529 目
本能寺への道 1 2 3 4 5
本能寺への道1
そ第78話① 性格・人格・人間性の形成
そ第78話② そのような時代
そ第78話③ 四月二十一日 同二十四日
そ第78話④ 事態急変 五月七日
そ第78話⑤ 同十五日
そ第78話⑥ 「足蹴事件」
本能寺への道2
そ第78話⑦ 秀吉は備中に 同十七日
そ第78話⑧ 石谷頼辰は土佐に 同二十一日
そ第78話⑨ 土佐は僻遠の彼方 所要時間
本能寺への道3
そ第78話⑩ 同二十六日
そ第78話⑪ 分岐点 選択肢は二つ
そ第78話⑫ 同二十七日
本能寺への道4
そ第78話⑬ 同二十八日
そ第78話⑭ 同二十九日 上洛
そ第78話⑮ 同日 亀山 二人揃った
本能寺への道5
そ第78話⑯ 六月一日 出陣
そ第78話⑰ 同日 公家参集
そ第78話⑱ 同日、夜
光秀は、決断した。
さる程に、不慮の題目出来(しゅったい)侯て、
→【重史016】
信長、死す 「是非に及ばず」 1~7
信長、死す 「是非に及ばず」 1
信長、死す 「是非に及ばず」 2
信長、死す 「是非に及ばず」 3
信長、死す 「是非に及ばず」 4
信長、死す 「是非に及ばず」 5
信長、死す 「是非に及ばず」 6
信長、死す 「是非に及ばず」 7
【参照】その一因 目次大 概説大 目次中
只今、進行中!!
⇒ 次へつづく
