情報を扱う者がこれ言ったら終わりなんじゃないかということ
皆様こんにちは。
株式会社カチカのオフサイトバックアップサービス及びデータ復旧サービスの担当者、村島です。
やっぱり寒暖の差がつらいです。入眠するときには暑くて布団を無意識のうちに蹴飛ばしているんですが、朝になると寒いと感じます。
夏はあんまり好きじゃないんですが「暑い」で安定してくれる分夏の方がまだ楽なのです。
さてさて、毎日恒例(にしたいと思っている)関係ない話からまいりましょう。
ある日、宇宙から超能力を持つ宇宙人がやってきました。彼は人間の脳を解析する素晴らしい機械を持っています。これにかけると人間の選択を正確に予測できるのです。
彼はたくさんの人間を被験者にして実験を行いました。大きな箱がふたつあります。箱Aは透明で1000ドル入っているのが見えますが箱Bは中身が見えません。中は空っぽか、100万ドル入っているかのどちらかです。
宇宙人はこう言います。「あなたにはふたつの選択がある。ひとつは両方の箱とも持ち帰ることだ。ただしあなたがそうするだろうと私が予測した場合には、箱Bは空にしてある。あなたの儲けは1000ドルだけだ。もうひとつの選択肢は、箱Bだけを持ち帰ることだ。もし私がそう判断したときには、箱Bには100万ドルが入れてある。あなたはこれを全て自分のものにしてよい」
さて、ここで考えますと、箱を両方持って帰るのと、箱Bだけを持って帰るのと、どちらが正しい選択でしょうか?どっちも正しいということはありませんよね?
これは比較的最近発見されたパラドックスで、物理学者ウィリアム・ニューカムが発見したためニューカムのパラドックスと呼ばれています。まだ「正しい」答えは見つかっていません。結論としてはどうなるんでしょうね?
さて、今回は「これ言っちゃっていいのかな」という話です
今さら言うまでもないことだと思いたいのですが、私は情報を扱う業務をしています。
そして情報を残すことに関して特にこだわりを持っている自覚もあります。
「バックアップ」という概念に近い行為は古代エジプトから始まっていますし、文字というものを「石に刻む」ものから「パピルスまたは薄い木の板に羽根ペンで書く」という効率のいい方法に変えた古代ローマの名もなき人々のことを非常に尊敬しています。
そうやって残されてきた記録こそが、いまの人類の文化の根底にあるわけです。
従いまして、いままさに生きている我々が記録したものは、将来の人類にとって役立つ可能性は大いにあると思うんです。だから、多分我々には将来どう役立つかはわかりませんが、何らかの形で役立つことはおそらく期待していいと思います。
ところが、私は「記録」を残すことでは全てを残したことにはならないんではないかという考えも同時に持っているんです。
記録では伝わらないこと
以前、私が若いころに美術館や博物館、お寺などを回っていた日々があったと書いたのをご記憶いただいていますでしょうか。
そういうときに思ったことなんですが「素晴らしいもの」って、情報だけ残してもその素晴らしさ、言い換えれば「感動」って残らないと思うんですよ。
美術展なんかに行くとだいたい「図録」っていうのが売られていますよね。

はっきり言って、これら図録を見ても、現物を見たときの感動はほとんど伝わってきません。私は現物を見てますので、その時の感動を思い出すよすがにはなるんですが、もし私が「昔こんなものを見た」と言って誰かにこの図録を見せても、多分その人は「ふーん」で終わってしまうと思うんです。
そして往々にして「感動」より先に「記録」を見て「知識」を持ってしまった人はその後そこに感動するような素晴らしいものがあったとしても感動する前に「あ、これ知ってる」という「知識」が先走ってしまってそこから踏み込んで「感動」にまではなかなか至らないと思うんですよ。
ダリ展の思い出
例えば、上の写真の一番上に置いてありますダリの展覧会が開かれました。ご存じの方も多いと思いますが新宿には伊勢丹と三越というふたつの大きな百貨店があり、そのうち三越には北館・南館がありました。その南館の中には三越美術館というのがありました。そして不況の中業界再編で伊勢丹と三越は経営統合することが決まり、それに伴って三越南館は閉館されることになりました。その時に、三越美術館最後の展覧会として開かれたのがこのダリ展だったのです。
絵画はもちろんですが、立体造形、写真作品、映画まで展示されていました。その中で、私は「キリスト教万国公会議」という絵画に圧倒されました。まあ、物理的な意味で巨大な絵画であることも確かなんですが、その大きな絵に緻密に描き込まれた描写…。
私はこの絵を見たさにこの展覧会に4度足を運びました。会期がもっと長ければもっと行っていたと思います。最大で30分ぐらいこの絵画の前に立っていたんじゃないかと思います。
まあそんな感じでこの絵画に魅せられてしまったわけですが、いま図録を見てもそこに載っている写真には全く心を動かされることはありませんね。行ったときの心理的衝撃にまで記憶を遡ることをしないと感動は蘇ってきません。
そして、このダリ展では私はひとついやな記憶も残っているんです。3人組ぐらいで来ていたおばさんたちが「あ、これ見たわね、じゃあ、次はこれを見ましょうか」なんていう感じで、まるでチェックリストか何かを持ってでもいるかのように「見ました」という既成事実だけを追いかけて出展作品を見ていたわけです。「それ、絵画の見方じゃないだろ…」とひそかに思っていました。
無名の絵画にもすごいものはある
これを見たのはダリ展よりまだ前の話です。私が高校生?浪人生?といった感じの時期だったと思います。これは自分から行こうと思ったと言うよりチケットをもらったから行ったという感じで、あまり積極的に見に行ったわけではなかったんです。ブカレストの国立美術館の所蔵絵画展だったのですが、チケットに印刷されているバストヌードの女性の絵画がまあ売りなんだろうなと。
ですが、実際にその絵を目にしたときには言葉どおり息をのみました。「ダゲゾー夫人の肖像」というタイトルのその絵からは、女性らしいあたたかさ、優しさ、甘い香り、肌の柔らかさ、そういったものがありありと伝わってきました。「こんな絵を自宅に飾れたら他は何もなくてもいい」というぐらい、その絵には魅せられてしまいました。その絵が↓これです。

ね?写真にしちゃうとなんてことない絵でしょ?これが、絵画を「情報」にしてしまうということの意味なんですよ。
伝統工芸品もまたしかり
私という人間について長々と説明させていただいた際に、いろんな写真を出しましたよね。もう1回貼りましょうか。

(画像はeureks様より引用)
https://onlineshop.eureks.co.jp/contents/278/

(画像はHARIYA様より引用)
https://shop.urushiarthariya.com/?mode=f3

(画像は武蔵川工房様より引用)
https://raden-musasigawa.com/portfolio/%E6%A4%BF-2

(画像は「輪島塗の田谷漆器店」様より引用)
https://www.wajimanuri.co.jp/

(画像は「株式会社 うるしアートはりや」様より引用)
https://shop.urushiarthariya.com/?mode=f3

(画像は「KOGEI STANDARD」様より引用)
https://www.kogeistandard.com/jp/resource/

(画像は「美術日本刀専門店 つるぎの屋」様より引用) https://www.tsuruginoya.com/artwork.html

(画像は「筆の里工房」様より引用)
https://fude.or.jp/jp/exhibition_post/2018/07/1792/
それぞれいい写真だと思うんですが、写真というフィルターを通すことによってだいぶ魅力が殺がれていると思うんですよ。一番上の漆器の写真なんか、写真だけ見れば「プラスチックでしょ?」と思えなくもありませんし。
それでも漆器類は「現物を見ると感動するよ」とある程度自信を持って言えるのは、漆って凄くいい香りがしますのでその違いがあるんですよね。
でも日本刀なんかははっきりとその「美しさ」はなかなか伝わりません。本当に丁寧に作られた日本刀は、すごく柔らかい光を放つんです。以前、壊れたハードディスクを解体したらプラッタはすごくきれいに光るという話をここに述べましたが、私は初めてプラッタを見たときにはこの日本刀の光を思い出したんです。本当にそういうものなんです。
伝統産業の美しさ
私は、伝統産業もまた美しさの塊のようなものだと思っています。
弊社のこの業務は京都市を拠点として行っておりますが、言うまでもないことだと思うのですが京都というのは伝統的工芸品の宝箱のような街です。
私は元杜氏がマスターをやっている「日本酒バー」という店によく行っていました。この店、日本中の名酒を取りそろえ、マスターが元杜氏という経歴からその多くの名酒の味を知り抜いていまして、漠然としたイメージで「こんなお酒ない?」みたいなことを言えばそのとおりのお酒を出してくれるというスペシャリストでした。
ただ、どう見ても「飲みに行くぞ~!」ってときに1軒目に選ぶ店ではなかったためコロナウィルスによる営業自粛がモロに襲ってしまいまして、残念ながら閉店となってしまいました。
まあ話はちょっと逸れましたが、杜氏さんたちが日本酒を造る作業も見ていて、何と言いましょうか、大勢のダンサーが一糸乱れぬ動きを見せるダンスを見ているような、本当に調和した動きを見ることができます。
もちろん、作業現場に入らせてもらったわけではないのですが、ガラス越しに見ることができる酒蔵がありまして。そういうところに見学に行ったわけですね。
他にも、例えば反物を織る作業、扇子を作る作業、線香を作る作業…どれを取ってもその手際の良さを言葉で表現するならやっぱり私は「美しい」と表現するしかないと思います。
記録はいずれ「感動」を残せるのか?
というようなわけで、私は記録を遺す仕事をしながらも、記録だけ遺して、現代人が得た「感動」を未来の人類は味わうことができるのかどうか、かなり懐疑的に考えています。
かつてラジオができ、新聞というものができたときに、これからは新聞とラジオがあるのだから、どんな催し物があっても現地に足を運ぶ人はいなくなるだろう、みたいな論調が支配的でした。外れましたね、この予測。
テレビというものができたときにもまたしかりって感じです。
実はですね。吉本興業っていう会社がありますが、あの会社は元々そういう「当時の」ニューメディアなんかには懐疑的だったんです。ラジオで落語を流したら、ラジオで満足してしまってわざわざ高座を見に来る人なんかいなくなるじゃないか、ということで。
一方そのころそういう当時のニューメディアに積極的だったのは、いわゆる初代桂春團治です。お芝居や演歌の題材になっているあの春團治です。なぜ「いわゆる」なんていう枕詞がつくかと言えばこのいわゆる初代桂春團治の前にひとり桂春團治を名乗っていた人がいたからなんですがまあこれは措きましょう。この春團治はラジオやレコードを巧みに使って人気を得ました。ところが、経済的にちょっとピンチになった時に吉本興業に拾われたらしいんですね。当初は春團治のメディア戦略に批判的だった吉本興業も「本物の春團治が見たい」と言って寄席に来る人が大勢いたことからメディア戦略を180°変えたことになったそうです。
情報がいかに精密になっても、感動を求めて本物を見に行く人はいつの時代にも消えることはないだろうなというのが私の考えですが。
ギリシャ・ローマ時代には文学が至高とされた理由
私が大学を古代ギリシャ哲学で卒業したことはいつかも述べさせていただきましたが、特にギリシャ時代、ローマ時代の初めもそうですが、芸術と言えば文学のことだったんですね。ギリシャ時代には韻文の詩を書けることが芸術家や知識人の必須条件でした。これって日本もある程度そうですよね。明治の前半ぐらいまでってことになりそうですが、言葉を巧みに操る人は俳句や短歌、川柳なんかをひねる人、というイメージで、長々しい小説を書く人なんかはあんまりいなかった感じですね。
ギリシャ時代に「音楽」というものがどの程度発達したのかはあまりよくわかっていないのですが、1:2とか2:3とか、そういうわかりやすい比率でピンと張った糸を押さえ、それを鳴らすことによって和音を愉しむ、という文化があったことは間違いないようです。
音楽の3要素と言えばリズム・メロディ・ハーモニーですが、ハーモニーは楽しまれていたということがわかりました。ところがそれ以外がよくわからない。根拠は断片的に残っていますのでそこから判断すると「リズムやメロディは肉体を楽しませるためのものであるから、精神を楽しませるハーモニーに劣る」と考えられていたみたいです。
ミューズっていうのはもはや日本語の一部にもなっちゃったぐらい有名な言葉ですね。薬用石けんとかプリキュアとかありますが、勘違いがあるんですね。ミューズって音楽の女神じゃないんですよ。文学(特に韻文)の女神様です。後に韻文がリズムやメロディと不可分なものになりましたので音楽の神様扱いになっちゃってますが。
そういうわけで、古代ギリシャやローマの時代には韻文こそ至高の芸術みたいな考え方があったわけですが、これって、文字で遺すことが簡単で確実だったからなのかも知れませんね。
京都という街のすごさ
私は、京都弁がしゃべれないアウトサイダーではあるのですが、それでも京都という街の底力にはほとほと敬服することがあります。
バブル経済で日本中にカネが有り余っていたあの時代、まあ京都にも下らないことにお金を使っていた人たちはたくさんいたんでしょうが、この時代に京都では金閣寺の復活にお金を使っているんですよ。普通の漆塗りをして、その上から普通に金箔を貼っただけでは金箔がすぐ剥がれてしまい、黒い地が見えてしまい「どこが金?」っていう状態だったんです。
で、バブル経済のころこれを本当に何とかしようという構想が持ち上がり、普通の漆ではない特別の漆が使われていたこと、普通より厚い金箔が使われていたことがわかり、見事金閣は復活しました。
また、祇園祭のハイライト「山鉾巡行」で山や鉾を飾る世界中の宝物にも京都は多額のお金を使っています。
私は金閣寺には何回も行っています。金閣寺に倣って銀閣寺に銀箔を貼ろうなんて話が持ち上がったこともあるんですがまあこれは内緒。
山鉾巡行はですね…高校生のとき、最初から最後まで観ました。私が、曲がりなりにも「進学クラス」を名乗るクラスで高校時代を過ごしたことはお話ししたと思うんですが、高校は自宅での学習態度にも非常に気を遣っていました。というわけで、親も含めて担任と3者面談というのがあったんですね。1クラスが34人で、ひとりあたり20分から30分くらいかけていたので2日か3日かかりましたね。
で、この3者面談、私は朝一に設定されたんです。そしてこのとき、理由についてはもう忘れてしまいましたが、どうしても母が出られなかったんです。だから父が仕事を休んで来てくれました。
面談の内容なんかはもうすっかり忘れましたが、たまたまその日が山鉾巡行の日だったんですよ。朝一ですから午前中早くには終わってしまいますよね。だから父と「せっかくだから山鉾巡行見に行こうか」というわけで京都市内中心部まで出たわけです。
ラッキーだったのは、私と父が「ここから見よう」と決めたポジションの前にパイプ椅子を使って作られた有料観覧席のお客さんたちは巡行がいくらも進まないうちに立ち去ってしまったんです。だから山鉾が非常によく見えました。
どの宝物も、言葉では表現できない美しさでした。限りなく美しいものを目にしたときには、人間って沈黙しちゃうんですね。父が誘ってくれたことには本当に感謝しています。
やっぱり「情報」として遺すしかない
結局のところ、現物を目にしたら言葉を失うような感動を与えるものを目の当たりにしたときに得られる感動は、現物を目にしたことがない人たちにそれを伝えることは現状できないんだと思います。
だから、私は将来「記録」から「感動」を再現するテクノロジーが現れることを期待して情報を残していくことしかできないんだろうなと思います。本当に微力ですが…。
なお、父について
上記に出しました私の父ですが、2年前の4月15日に亡くなっています。最初は気胸の手術ということで入院していたのですが、呼吸器系の病気ですし季節は寒さが一番つらい時期だったので暖かくなってから退院しましょうということになりました。
ですが、89歳のおじいちゃんです。見慣れない顔ばかりが並ぶ無機質な部屋に入れられていると、認知症の症状が出て来るんです。それを理由に、認知症に強い病院に転院ということで3回ぐらい転院したのかなあ。
結局は年寄りを死なせる場所に送り込まれていると感じた私は「そうやって病院にいたところで延命して2~3ヶ月だろう。そんな延命に意味はないと思う。多少早く死ぬことになっても、苦労して手に入れた自分の家で、知った顔の並ぶ中逝かせてやろう」と決断し、いろいろな方の協力もあり実家に父を取り返しました。
約1ヶ月、母が父の面倒を見ていました。母に対して「ありがとう」「大好きだよ」「君でよかった」と言い続ける日々だったそうです。夜寝るときには布団から手を出してきて母に「手つないで寝よう?」と言ってくるし、ベッドサイドに母を呼んで、母の手を自分の痩せこけた両手で包んで「俺がいなくなったら、友達をたくさん作って楽しく過ごすんだよ。そして、俺より長生きしてくれよ」と言ったこともあったそうです。
「死ぬときは君の胸にもたれて死にたい」と母に言ったこともあるそうですが、ほぼそのとおりの最期を迎えました。
自宅のベッドに寝かされた父の遺体の冷たさ、血色のない顔。人間というのは死ぬとこうなるんだぞ、と示しているようでした。
そして喪主という立場で葬儀に臨んだことも、私には父からの教えのように思えます。
たった2年の間ですが「お父さんがいてくれれば…」と何回思ったことでしょうか。
本来なら、三回忌の法要を4月に行うべきだったんでしょうが、本人が墓の土地は購入していたのですが石がまだ立っておらず、母と私で手を尽くした結果「こんな上等の石はもう今後出ないだろう」というような石を立ててもらう約束はもうできています。ですので、石を立てる法要とあわせて三回忌を行おうと。
まあ、父の件は完全に雑談でしたね。
でも、父によせて書かせていただきました。
お父さん、至らぬ息子でごめんなさい。
でも、自分なりに頑張ってお母さんを守っていきたいと思います。
本当にありがとう。そしてご苦労様でした。
目次
クラウドストレージと遠隔地バックアップの相互補完性
クラウドストレージのデータ消失に関する責任の所在
ディザスタリカバリ手順をあらかじめ決めておくべき理由
弊社でお取り扱いしておりますデータ・OSにつきまして
クラウドストレージのメリット・デメリット
Windowsからの乗り換え先になるか? Linux MintとChrome OS Flex
バックアップの方法 オフライン・オンラインバックアップとは?
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その1
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その2
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その3
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その4
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その5
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その6
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その7
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その8
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その9
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! ラスト
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!その2
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!その3
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!その4
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その1
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その2
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その3
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その4
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その5
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その6
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その7
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その8
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その9
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その10
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その11
─事件を解決せよ─ CASE2:Webサイトのデータが消えた Part 1
─事件を解決せよ─ CASE2:Webサイトのデータが消えた Part 2
今日はバックアップに関する最近の話題をつらつら語りたいと思います
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その12
─事件を解決せよ─ CASE3:火事でオフィスが焼失 Part 1
─事件を解決せよ─ CASE3:火事でオフィスが焼失 Part 2
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その13(最終回)
今日はバックアップに関する最近の話題をつらつら語りたいと思います その2
オフサイトバックアップに関する最近の話題をつらつら語りたいと思います
バックアップがきちんとしていれば起きていなかった情報事故 その1
バックアップがきちんとしていれば起きていなかった情報事故 その2
中小企業のための簡単・安価なデータバックアップ戦略 その10
大企業における物理的媒体による遠隔地バックアップの重要性 その1
大企業における物理的媒体による遠隔地バックアップの重要性 その2
大企業における物理的媒体による遠隔地バックアップの重要性 その3
