コンピュータとバックアップの歴史について
皆様、こんにちは。
気温の変化が強くて体がつらい…。
本当に、いま一番の悩みがこれです。
さて、今日も始めて行きましょうか。
というわけで、今日も恒例の(にしたいと思っている)関係ない話題から初めて行きましょう。
Abel(A)、Burns(B)、Clark(C)の3人が選挙に立候補しました。
世論調査によると、2/3の有権者がBよりもAを支持しています。またやはり2/3の有権者がCよりもBを支持しています。するとやはり大半の人はAを支持しているのでしょうね?
いやいやいや、そこで一歩立ち止まりましょう。有権者の支持の仕方が以下のようになっていたら、誰もが混乱することになります。ちょっと候補者の意見を聞いてみましょう。
1/3 A>B>C
1/3 B>C>A
1/3 C>A>B
エイブル氏「2/3の有権者はバーンズより私の方を指示している」
1/3 A>B>C
1/3 B>C>A
1/3 C>A>B
バーンズ氏「2/3の有権者はクラークより私の方を支持している」
1/3 A>B>C
1/3 B>C>A
1/3 C>A>B
クラーク氏「2/3の有権者はエイブルより私の方を指示している」
1/3 A>B>C
1/3 B>C>A
1/3 C>A>B
結局ねえ、選挙で有権者たち全員の思考なんて写し取れやしないのですから、選挙というのは「結論」を決めるものではなく、まだなんとも言いようがない、けど次の一歩というものはこれにしよう、という意見をまとめ上げる仕組みでしかないなと私は思います。
民主主義を全ての問題を解決する魔法の仕組みと考えるのやめた方がいいでしょう。
さて、コンピュータの歴史の方から入っていきましょうか
最初のコンピュータは何だったのか?
紀元前から、昭和に入るぐらいまで、コンピュータは算盤だったと思います。これは冗談でもなんでもなく、算盤の仕組みは紛うことなきコンピュータと同じです。ただ、手動であるところだけはいまと違いますね。

私の母は、古い人間ですので、私の母の父、つまり私の祖父に当たる人なのですが早世したのであったことはないのですが、そういう人があくまでも昔気質の人だったんですよね。そういう人から「女に学問は要らん!」と言われて高校入学が危うかったんだそうです。
ところが、商業高校にだけ行かせてもらえたんだそうです。「商売人の子供やから商売の学校にやったら行かせてやる」ということで。
というわけで現役時代をずっと経理事務員とした母は「算盤は電卓より合理的」と言って最期まで算盤で貫き通しました。電卓ですと、例えば足し算だったら、元の数を入れて、足す数をいれて、イコール押さないといけないじゃないですか。算盤の場合、足す数を入れたらそこにはもう答えがあるというのが母の主張です。
まあそんなことはどうでもいいんですね。コンピュータという言葉がどういう文脈で出てくるかというと、昔は大砲にせよミサイルにせよ、遠隔操作で標的を確実に狙えるというようなものではなかったんですよね。気温、湿度、天候などいろいろな要素をはかってから、当たるだろうという方向に打ち出すものだったんです。
というわけで、ロケットとか大砲の発射台の近くにいて、天候その他の情報が取れたところで命令を受けて何十人という人たちが一斉に手回し計算機を回すんです。この人たちが、コンピュータと呼ばれました。
チャールズ・バベッジの解析機関
イギリス人のチャールズ・バベッジが「解析機関」というものを考えたんですね。「考えた」というのは、完成しなかったからです。
まあ解析機関は完成しなかったにせよ、いろいろな人たちがチャールズ・バベッジに続けといろいろな機械を考えたのは確かです。2進数の使用もなされていますし、やっぱりこれが世界初のコンピュータと言ってもいいんではないでしょうか。ただ、動力は蒸気機関というのがいかにも時代だなあという感じはしますが。それでも、チャールズ・バベッジではありませんがエイダ・ラブレスという人は解析機関のためにアルゴリズムを書いた初の人とされており、最初のプログラマーとされているそうです。
ENIACの登場
よく「世界初のコンピュータ」と呼ばれるのがこのENIACですね。電子式でデジタル式ですがプログラム内蔵方式とするにはプログラムのためのメモリはごくわずかだったそうです。
目的はやはりアメリカ空軍での弾道研究だったようですが、後にどんどん他の分野にも応用されていったようですね。
ちなみに考案・設計したのはペンシルベニア大学のジョン・モークリーとジョン・プレスパー・エッカートだそうです。軍用に使われると同時に、チャールズ・バベッジの夢が実現した瞬間なのではないかと思います。
モークリーとエッカートの二人はコンピューターの父と称えられ、後にエニアックの技術を民間企業に移して資金を得るなど、実業家としても活躍しました。世知辛いですね。
エニアックはソフトウェア的な発想の面でも注目を集めており、とくにモークリーは「プログラムする」(to program)という動詞を初めて使った人物であるとされています。
ENIACとはどんなシロモノだったのか
まず、その外観から言ってしまいましょうか。
ENIACは17,468本の真空管、7,200個のダイオード、1,500個のリレー、70,000個の抵抗器、10,000個のコンデンサ等で構成されていました。人手ではんだ付けされた箇所は約500万に及びます。
幅30m、高さ2.4m、奥行き0.9m、総重量27トンと大掛かりな装置で、設置には倉庫1個分のスペース(167m2)を要しました。
消費電力は150kW。そのため、ENIACの電源を入れるとフィラデルフィア中の明かりが一瞬暗くなったという噂が生まれたほどだそうです。
ENIACのシステム
ENIACの写真がないかなと思っていたら、英語版Wikipediaにありました。

それでも、これはだいぶ洗練されたあとの姿なんでしょうね。
ENIACのシステム
ENIACについてジョン・モークリーとジョン・プレスパー・エッカートがどのように考えていたのかまではわからなかったのですが、コンピュータには2進数が相応しいとは考えていたようです。ところが当時の技術者は2進数に対して否定的で、仕方なく10進法で作られたコンピュータという面も、このエニアックは持っています。
構造的にはモジュール構造で、ひとつひとつのパネルがそれぞれ異なる機能を持っています。20のモジュールはアキュムレータと呼ばれ、十進法で10桁の数値を記憶し、加減算しかできないものだったそうです。
まあそんないろいろもあったようですが、プログラムやシステムをコンピュータに保存しておいて、さあ動かすぞという段階で希望どおり動いてくれるというようなシロモノではなかったということは確かです。

(この画像は詳細をわからなくするため意図的に暗くされています)
画像はWikipediaより
プログラムを走らせることはできたのか?
え~、実用レベルでは無理でした。もう言い切っちゃいましょう。
上の写真だって、いろいろな部品を電線でつないでいる写真ですからね。そうやって電線をつなぎきった上で電源を投入したら希望の動きをするというのがこのころのコンピュータですから。
一応パンチカードで、一連の動作をして欲しいときには一連のデータやプログラムを読み込ませることはできたようですが、なにせメモリが少ないんで
非常に限られてしまったということは確かでしょう。
実は20世紀末に「20世紀末に関する外れた予言」というのがある雑誌に載りまして。その中に「20世紀末には、コンピュータが2トンを切るだろう」というのがありまして…外れちゃいないんですけどね。
昔「タモリ倶楽部」で安斎さんが「うちの事務所にコンピュータを入れようと思う」と言ったらお母さんが「あんたの事務所に入るの?」とか、そういう話があるぐらいコンピュータ=大きいのイメージはあったんですよね。
この、いろいろな部品を電線でつないで、電源を投入したら希望の動作をするかしないかっていう仕組みって以前私が出したこれ↓とか

(画像はWikipediaより)
これ↓に一脈相通ずるところがありますね。

(画像はQiitaの「ブレッドボード上でCPUを1から作ってみた話」より引用) https://qiita.com/yusuke_blog1026/items/df60eabaf5cc961c02d7
では、ソフトウェアの歴史の方に入っていきましょう
ソフトウェアとバックアップの歴史
というわけで、今度はソフトウェアの歴史の方に入っていきたいと思うのですが、これがまたややこしくてですね。
弊社はバックアップを扱っている会社ですが、バックアップの概念は古代エジプトまで遡ることになってしまいます。
というわけで、話を進めていきたいと思うのですが、チャールズ・バベッジ以降の話にしましょう。まあ「解析機関」だって、満足なものじゃなかったんですけどね。
私のようなおっさんは、コンピュータというのはプログラムで動かすものだと知っているはずです。例えば、絵を1枚描くのだって、しばしば使われた手段がモニタのガラスにピッチリと絵を描いたラップを張り、その絵からアナログでどこに何色の線を引くかとかそういうことをやっていたわけですね。音楽を鳴らすのにもプログラムを書く必要がありましたし。本当に不便なことやってたんだなあという感想をいま強く持つわけですが。
そしてそうやって作ったプログラムを、カセットレコーダーに保存していました。以前↓この機械の話をちょっとしたと思うんですが

(画像はWikipediaより)
書いたプログラムはカセットレコーダーに保存するものでした。もちろん市販のカセットレコーダーです。それを市販のオーディオコードで機械とつないで、カセットレコーダーを録音状態にするとともにコンピュータを記録モードにするわけですね。精度が低かったんだよなあ…。
それでも、カセットテープに保存できたということは画期的なことだったんですよ。それまでは、パンチカードにいちいち穴を空けてコンピュータに飲み込ませないといけないわけでしたから。
ちなみにですが、コンピュータが8ビット時代、NEC、富士通、SHARPが争っていた時代、コンピュータのためのカセットデッキ(データレコーダと呼ばれました)はSHARPが圧倒的に早かったんです。
これはなぜかと言うと、SHARPって、このころ標準的なプログラム言語であり事実上のOSでもあったBASICの技術が他2社と比べてかなり劣っていたんです。
だから、起動の度に読み出すのは面倒くさいですが、バージョンアップが行われる際にはカセットテープを配布するだけで済む、と言うのがSHARPの目論見みたいでした。ただ、データレコーダがあまりにも高性能だったため、フロッピー時代に乗り遅れるということにもなってしまったわけですが…。
フロッピー時代の本格到来は「システム」と「データ」を分けた?
というわけで、私の周りにもフロッピーという言葉が聞こえるようになったころ、私もPCを手に入れました。
以前にも言いましたよね。SHARPのX1turboⅡ。私にはちょっと贅沢が過ぎるぐらいの機械でした。しかも、フロッピーのドライブが1台しかないのと2台あるのがあったんですが、なんと2台ある方を購入できたんです。電気屋さんの店長、泣いてました。
さすがにもう、あの時の店長は亡くなっていると思いますが、あの時店長はこう仰いました「一杯勉強して就職は○○(店名)へね」。
店長、店自体がそれより大きい店に吸収されてしまいましたので無理になってしまいましたから、天国に店舗があれば将来働かせて下さい。
さてさて、こうやって2台の記録装置を使いながら何ができたかと言うと、システムはAドライブ、データはBドライブという形で、ディスクを入れ替えることなくPCを使えたんですね。
いま調べたら私が夢中で遊んだPCゲームXANADUもそういう形になってまして、1985年にリリースされたようなんですが、後にアメリカでAT互換機(いわゆるDOS/機がオフィスを席巻したときにも同じような仕組が取られていますね。システムはAドライブに入れておいて、そのシステムで作られたデータはBドライブにどんどん記録していくと。Windowsの機械がなぜCドライブを起動ディスクとしているのか、それがこの理由です。
とは言え、フロッピーにも限界は訪れます。そうなると、システムにせよデータにせよ「ディスク*を入れて下さい」の類のメッセージが頻繁に表示されるようになります。
ドクター中松はフロッピーを発明していない
これ、どこかで言っておかなきゃなあと思っていましたんで、ちょうどいいのでここにします。
ドクター中松さんはよく「フロッピーは私が発明した」と言ってますが、あれ、嘘です。
ドクター中松さんが発明したのは、パンチカードの穴を読み取ることによって複数の楽器を演奏するという機械があったのですが、そのパンチカードを円形にして、さらにジャケットに収め、そのジャケットには穴が空いており、ここから円形パンチカードを読み取ることで短い音楽を再生できるようにした「ナカビゾン」という機械です。
本来のフロッピー発明者は間違いなくIBMなんですけど、これは画期的な発明だという確信があったIBMはちょっとでもフロッピーに抵触しそうな世界中の発明を買いあさったわけです。ナカビゾンもそのひとつです。
IBMよく放っておくな、と思ってるんですが。
90年代後半…バックアップ戦後時代
というわけでいろいろ変わってきたわけですけども、90年代後半は「個人の扱うデータの単位が100MB~数100MBになってきたけれどもそれに相応しい記録媒体がまだ見つかっていない」という状態になり、「大容量リムーバブルディスク」と呼ばれるもののスタンダードの座を目指していろいろな会社がいろいろな製品を出すことになります。
ZIP、JAZZ、MO、PD、MD DATA、それからテープデバイスもまだ現役でした。
こういう「目的は似ているけれども相互に互換性がない複数のデバイスがスタンダードの地位をめぐって丁々発止する」という事態を「規格競争」と呼びますが、実は規格競争は無関係の傍観者でいる限り、見ていてかなり楽しいものです。
ところが私は巻き込まれちゃったんですねえ…大容量リムーバブルディスクを扱うソフトのサポートをするという立場で…まぁ~大変だったなあ。
それでも、あの時の苦労がいまにつながっていると思うとある意味良い思い出ですけどね。
記録型光ディスクの発売
そして、少なくとも一定程度のデータを手渡す場合などには、CD-Rというのが出て来ましたんで、上に書いたような諸々の「大容量リムーバブルディスク」は全部負けた形になってしまいました。CD-Rはご存じのとおり1回書き込んだらもうそれ以上書けないんですが、CD-Rって安かったんですよね。使い捨てにしても特に痛みを覚えるようなこともなかったんです。
あまり普及はしなかったと言ってもいいのですが
というわけで、DVDなんていうのも書き込み可能型が出たりもしたり、いろいろあったんですがHDDの低価格化・大容量化が進みハードディスクをハードディスクでバックアップするということが当たり前になってきました。
また、バックバップにはあまり向きませんが、ひとつのデータをあっちからこっちに移動させる際、便利に使えるのがUSBメモリです。こうして「ディスク」は軒並み退場となったわけです。
現在
現在はクラウドバックアップが圧倒的に主流になりつつあります。
現在では、テープ、HDD、SSD、クラウドなど、様々な媒体や技術を組み合わせたバックアップ戦略(3-2-1ルールなど)が推奨されています。また、ランサムウェアなどのサイバー攻撃からデータを保護するためのセキュリティ対策も、バックアップにおいて重要な要素となっています。
小括
というわけで、コンピュータの歴史とバックアップの歴史を非常にザックリですが解説しました。
コンピュータのデータはどんどん増えていく傾向にあります。今後コンピュータのデータを保存していく技術は2方向に進歩するんだろうなと私は思っています。
ひとつには、大きなデータを素早く読込・保存ができる、小型の記録媒体がどんどん早く、どんどん小型になっていくと思います。SSDみたいなものですね。
もうひとつには、少々記録・読出しに時間がかかっても大容量であることが最優先であるようなメディア。具体的に言えばテープですね。テープデバイスにはまだまだ使い勝手はよくなると思いますよ。
できればテープメディアとドライブは、作ってみたいと思っています。家庭用のテレビ録画からメインフレームに至るまで、テープメディアが再び使われるようになれば絶対に便利になると私は考えています。
ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
目次
クラウドストレージと遠隔地バックアップの相互補完性
クラウドストレージのデータ消失に関する責任の所在
ディザスタリカバリ手順をあらかじめ決めておくべき理由
弊社でお取り扱いしておりますデータ・OSにつきまして
クラウドストレージのメリット・デメリット
Windowsからの乗り換え先になるか? Linux MintとChrome OS Flex
バックアップの方法 オフライン・オンラインバックアップとは?
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その1
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その2
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その3
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その4
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その5
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その6
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その7
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その8
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! その9
IPAの言うセキュリティ対策の基本を見ていきましょう! ラスト
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!その2
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!その3
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を見ていきましょう!その4
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その1
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その2
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その3
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その4
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その5
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その6
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その7
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その8
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その9
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その10
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その11
─事件を解決せよ─ CASE2:Webサイトのデータが消えた Part 1
─事件を解決せよ─ CASE2:Webサイトのデータが消えた Part 2
今日はバックアップに関する最近の話題をつらつら語りたいと思います
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その12
─事件を解決せよ─ CASE3:火事でオフィスが焼失 Part 1
─事件を解決せよ─ CASE3:火事でオフィスが焼失 Part 2
ランサムウェア・インシデント発生時の組織向けガイダンスを見ていきましょう!その13(最終回)
今日はバックアップに関する最近の話題をつらつら語りたいと思います その2
オフサイトバックアップに関する最近の話題をつらつら語りたいと思います
バックアップがきちんとしていれば起きていなかった情報事故 その1
バックアップがきちんとしていれば起きていなかった情報事故 その2
中小企業のための簡単・安価なデータバックアップ戦略 その10
大企業における物理的媒体による遠隔地バックアップの重要性 その1
大企業における物理的媒体による遠隔地バックアップの重要性 その2
大企業における物理的媒体による遠隔地バックアップの重要性 その3
