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本能寺の変1582 【重要史料全】 250716 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

【重要史料全】          250716

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→【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道  
その一因 目次大 概説大 目次中 →
 1時代の風潮 2光秀という男 3光秀と光慶 
 4光秀の苦悩 5志向の相違  +信長の油断 →
  (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
見えてきたもの 目次大 目次中 +240607  
【 重要史料 】 【全】 【 重史一覧 】 【四国】
【人物】 【信長の人物像】 6 7 8 9 10 
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【重要史料1】 001~020

【重史001】 ◎第52話① ◎第52話②          光秀という男
  
殿内にあって彼は余所者であり、
                             『日本史』

【重史002】 ◎第53話              天正07 157900610
  
①美濃国住人、土岐の随分衆なり、
  ②名誉の大将なり、弓取りはせんじてのむへき事に候、
                      「立入左京亮入道隆佐記」

【重史003】 ◎第54話              永禄12 156900416
  
①禁裏御料所、山国庄の事、
  ②数年、宇津右近大夫(頼重)、押領仕り候を、
                          「立入宗継文書」

【重史004】 ◎第54話              元亀03 157201211
  
①濃州より、親類の方、申し上すなり、
  ②山王の敷地に、新城(坂本城)を普請せしむなり、
                            「兼見卿記」

【重史005】 ◎第55話              天正10 158200527
  
①明智光秀張行百韻 天正十年五月廿七日
  ②時 は今、あめか下なる五月かな、 光秀
  ③国々は、猶、長閑なる時、    光慶
                           「続群書類従」

【重史006】 ◎第8話
  (四月)十八日、妻木惟向州妹、参宮、      天正07 157900418  
  (九月)廿五日、惟任姉(妹)妻木、在京の間、罷り  天正07 157900925
                            「兼見卿記」

【重史007】 ◎第8話              天正09 158100821
  
①惟任の妹の御ツマキ死におわんぬ、
  ②向州、比類なく、力を落とすなり、
                           「多聞院日記」

【重史008】 ◎第8話 ◎小8
  
①一大艦隊を編成してシナを征服し、    「イエズス会日本年報」
  ②一大艦隊を編成して、シナを武力で征服し、      『日本史』

【重史009】 ◎第14話  ◎小14
  狡兎死して、走狗煮らる、         「史記」越王勾践世家

【重史010】 ◎第14話  ◎小14
  佐久間殿は、信長の総司令官であり、          『日本史』

【重史011】 ◎第58話①
  万人恐怖、言う莫れ、言う莫れ、           「看聞日記」

【重史012】 ◎第58話②           ✓ 天正10 158200507
  ①今度、四国に至って差し下すに就きての条々、
  ②讃岐国の儀、一円、其方に申し付くべき事、
  ③阿波国の儀、一円、三好山城守 (康長) に申し付くべき事、
  ④信長、淡州に至って出馬の刻、申し出すべきの事、
                       「寺尾菊子氏所蔵文書」 
  
【重史013】 ◎第7話  ◎小7
  惟日、以ての外の所労に依り皈(帰)陣、在京なり、   「兼見卿記」

【重史014】 ◎第7話  ◎小7
  (光秀の)長男は十三歳であった。            『日本史』

【重史015】 ◎第51話  ◎小51~小52①②
  この明智の城ほど有名なものは天下にないほどであった。 『日本史』

【重史016】 ◎第1話  ◎小
  さる程に、不慮の題目出来(しゅったい)侯て、     『信長公記』

【重史017】 ◎第1話  ◎小
  漸(ようや)く、夜も明け方に罷りなり侯。       『信長公記』

【重史018】 ◎第115話            ✓ 天正10 158200317

  我ながら驚き入る計りに候、             「武家事紀」

【重史019】 ◎第116話 ◎小116
  路次険難、老足叶うべからざる儀に候間、       「武家事紀」

【重史020】 ◎第74話   ◎小74
  中国備中へ、羽柴筑前守相働き、           『信長公記』

【重要史料2】 021~040

【重史021】 ◎第74話   ◎小74
  ①今度、間近く寄り合ひ侯事、天の与ふるところに侯間、
  ②中国の歴々討ち果たし、
  ③九州まで一篇に仰せつけらるべきの旨、
  ④ (惟任日向守) 先陣として、出勢すべきの旨、
                            『信長公記』

【重史022】 ◎第70話   ◎小70
  ①関東八州の御警固を申しつけ、
  ②老後の覚えに上野に在国仕り、  
  ③東国の儀、御取次、彼れ是れ申しつくべきの旨、
                            『信長公記』

【重史023】 ◎第77話   ◎小77
  ①時に、明知、齢(よわい)、六十七、
  ②齢(よわい)、六十七、 
                             「当代記」

【重史024】 ◎第79話 ◎小79   第79話
  ①祖父新左衛門慰は、京都妙覚寺法花坊主落ちにて、西村と申し、
  ②また、父左近大夫(道三)、代々惣領(長井氏)成るを討ち殺し、
                            「春日文書」

【重史025】 第200話
  ①惟任方、もと明智十兵衛尉といひて、
  ②濃州土岐一家牢人たりしか、
  ③越前朝倉義景を頼み申され、
  ④長崎称念寺門前に、十ヶ年居住故、
  ⑤念珠(ねんごろ)にて、六寮、旧情、甚に付て、
                  「遊行上人三十一祖京畿御修行記」

【重史026】 第201話
  筒井へ、惟任日向守より申し来たる
                           「多聞院日記」

【重史027】
  ①情無く、主の頸を切り、
  ②毒飼を仕り、殺し奉り、
  ③大桑を追ひ出し侯。
  ④むかしは、おさだ、いまは、山しろ、
                            『信長公記』

【重史028】 そ第78話⑫
  一両日中に、御上洛の旨候間、是に、相待ち申し候、   「小畠文書」

【重史029】 そ第78話⑦
  惟任日向守、安土より坂本に至りて帰城仕り、     『信長公記』

【重史030】 そ第78話⑩
  坂本を打ち立ち、丹波亀山の居城に至り参着。     『信長公記』

【重史031】 そ第78話⑫ そ第78話⑬
  ①廿七日に、亀山より愛宕山へ仏詣。
  ②廿八日、西坊にて連歌興行。
  ③ときは今、あめが下知る五月哉
  ④五月廿八日、丹波国亀山へ帰城。
                            『信長公記』

【重史032】 そ第78話⑬
  ときは今、あめかしたしる五月かな、        「惟任退治記」

【重史033】 そ第78話⑭
  ①五月廿九日、信長公、御上洛。
  ②御小姓衆二、三十人召し列れられ、御上洛。
  ③今度は、御伴これなし。
                            『信長公記』

【重史034】 ◎第65話
  三月五日、信長公、隣国の御人数を召し列れられ、御動座。
                            『信長公記』

【重史035】 そ第78話③
  四月廿一日、安土に御帰陣。             『信長公記』

【重史036】 そ第78話③
  ①中国進発の事、来秋たるべきの処、
  ②重ねて、一左右次第、出勢すべく候、
  ③猶、惟任日向守、申すべく候也、
                           「細川家文書」

【重史037】
  ①駿河・遠江両国、家康公へ進らせらる。
  ②其の御礼として、徳川家康公、幷びに、穴山梅雪、今度、上国侯。
                            『信長公記』

【重史038】
  ①五月十四日、
   江州の内、ばんばまで、家康公・穴山梅雪、御出でなり。
  ②同日に、
   三位中将信忠卿、御上洛なされ、ばんば、御立ち寄り、
                            『信長公記』

【重史039】 そ第78話⑤
  ①五月十五日、
   家康公、ばんばを御立ちなされ、安土に至りて御参着。
  ②御振舞の事、惟任日向守に仰せつけられ、
  ③十五日より十七日まで、三日の御事なり。
                            『信長公記』

【重史040】 そ第78話⑥
  ①その盛大な招宴の接待役を彼(光秀)に下命した。
  ②これらの催し事の準備について、
  ③信長は、ある密室において、明智と語っていた
  ④反対意見を言われることに堪えられない性質であったので、
  ⑤信長は、立ち上がり、怒りを込め、一度か二度、明智を足蹴にした
                             『日本史』

【重要史料3】 041~060

【重史041】 そ第78話⑥
  ①明智は、何らかの根拠フンダメントを作ろうと欲した
  ②過度の利欲と野心が募りに募り、
  ③それが天下の主になることを、彼に望ませるまでになった
  ④企てた陰謀を果たす適当な時期を、ひたすら窺っていた
                             『日本史』

【重史042】 そ第78話⑧           ✓ 天正10 158200521
  ①尚々、頼辰へ、残らず申し達し候上は、
  ②今度、御請け、兎角、今に到り、延引候段、
  ③▢御朱印に応じ、此の如き次第を以って、
  ④不慮、成し下し候はん事、了簡に及ばず候、
  ⑤海部・大西*両城の儀は、相、抱え候はて叶わず候、
  ⑥是れは、阿・讃競望のためには、一向にあらず候、
  ⑦東州、平均に属し奉り、御馬を納められ、
  ⑧何事も何事も、頼辰、仰せ談じらるべく候、
                           「石谷家文書」

【重史043】 ◎第2話
  ①既に、信長公、御座所、本能寺取り巻き
  ②是れは謀叛か、如何なる者の企てぞ
  ③是非に及ばず                            
                            『信長公記』

【重史044】
  
書中、具(つぶさ)に候へば、見る心地に候       「細川家文書」

【重史045】 そ第78話⑯
  惟任、右の趣、一々、注進申し上げられ、       『信長公記』

【重史046】
  
①二月朔日、信州、木曾義政御身方の色を立てられ侯
  ②二月二日、武田四郎父子・典厩(武田信豊)、木曽謀叛の由承り、
  ③二月三日、信長公、諸口に出勢すべきの旨、仰せ出だされ、
  ④二月三日、三位中将信忠・森勝蔵・団平八、先陣として、
                            『信長公記』

【重史047】                 公 天正10 158200209
  ①二月九日、信長公、信濃国に至りて御動座なさるべきについて、
  ②三好山城守、四国へ出陣すべきの事。
  ③惟任日向守、出陣の用意すべき事。
                            『信長公記』

【重史048】
  
①三月朔日、三位中将信忠卿、飯島より御人数を出だされ、
  ②高遠の城は、三方さがしき山城にて、
                            『信長公記』

【重史049】
  
①三月二日、払暁に、御人数寄せられ、中将信忠卿は、尾続を搦め手の
   口へ取りよせられ、
  ②中将信忠御自身、御道具を持たせられ、先を争つて塀際へつけられ、
                            『信長公記』

【重史050】 ◎第6話
  ①仁科五郎が頸、信長公へもたせ、御進上候。
  ②東国・西国の誉を取られ、信長の御代を御相続、
  ③代々の御名誉、後胤の亀鏡に備へらるべきものなり。
                            『信長公記』

【重史051】 第42話 第43話
  足軽衆・・・・・・・・・・・、柳澤。珍蔵主。森坊。明智。
                    「永禄六年諸役人附」後半部分

【重史052】 そ第156話②
  ①彼の生まれた五月の日に
  ②己の神体を拝むことを命じた。
  ③信長がかくの如く驕慢となり、
  ④祭りを行った後十九日を経て、
  ⑤その体は塵となり灰となって地に帰し、
                       「イエズス会日本年報」

【重史053】 そ第157話①
  備後守、あん城より矢はぎへ懸け出で、あづき坂にて、
                            『信長公記』

【重史054】 そ第157話②
  ①内裏の四面の築地の蓋(かさ)を、
  ②尾張の、をた(織田)の弾正、と云ふ物(者)、
  ③修理して進上申すべきの由、
  ④料足四千貫計り、計上
                           「多聞院日記」

【重史055】 そ第157話②
  ①我が西村の小浦に一大船有り、
  ②何れの国より来たれるかを知らず、
  ③長さ、二、三尺、
  ④その体為るや、中は通り、外は直くして
  ⑤其の傍(かたわ)らに、一穴あり、
  ⑥妙薬(火薬)を其の中に入れ、
  ⑦其の一穴より火を放てば、
                             『鉄炮記』

【重史056】 そ第158話①
  美濃国へ乱入し、五千討死の事
                            『信長公記』

【重史057】 そ第158話③
  ①吉法師殿、十三の御歳、
  ②古渡の御城にて、御元服。
                            『信長公記』

【重史058】 そ第158話④
  織田三郎信長、御武者始めとして、
                            『信長公記』

【重史059】 そ第158話⑤
  ①山城道三、大合戦に打ち勝つて申し様に、
  ②大柿の城、近々と取り寄せ候ひき。
                            『信長公記』

【重史060】 そ第158話⑥
  ①織田備後守殿、後巻として、
  ②美濃国へ御乱入、
                            『信長公記』

【重要史料4】 061~080

【重史061】 そ第158話⑦
  ①織田三郎信長を、斎藤山城道三の聟に、取り結び、
  ②道三が息女を、尾州へ、呼び取り侯ひき。
                            『信長公記』

【重史062】 そ第158話⑧
  ①信長、十六、七、八までは、別の御遊びは御座なし。
  ②大うつ気とより外に申さず候。
                            『信長公記』

【重史063】 そ第158話⑨
  ①制札 熱田八ヶ村中
  ②藤原信長(花押)
                       「織田信長文書の研究」

【重史064】 そ第158話⑨
  ①奉寄進、御鰐口
  ②信心大施主、平信長
                       「織田信長文書の研究」

【重史065】 そ第158話⑨
  平手中務は、借染にも、物毎に、花奢なる仁にて候ひし。
                            『信長公記』

【重史066】 そ第158話⑩
  きう介与力一人、鉄━(鉄炮)に当たり死すと云々、
                            「言継卿記」

【重史067】 そ第201話①
  ゆきよう(遊行)上人、御れいまいる、
                        「お湯殿の上の日記」

【重史068】 そ第201話②
  年頭の御礼、旧冬より御触れにて、御免、御出仕これなし。
                            『信長公記』

【重史069】 そ第201話②
  正月九日朝 惟任日向守殿会
                          「天王寺屋会記」

【重史070】 そ第201②話
  正月十四日、巳の刻 安土において、
                          「天王寺屋会記」

【重史071】 そ第201③話
  十六日、一、筒井、幷(ならび)に、当国衆、安土へ、年頭の礼に、
                           「多聞院日記」

【重史072】 そ第201話③
  惟任日向守へ礼のため、坂本に下向、
                            「兼見卿記」

【重史073】 そ第201話③
  廿五日、丙寅、未明、安土に下向、発足しおわんぬ、
                            「兼見卿記」

【重史074】 そ第201話④
  ゆきやう(遊行)上人、れいほう(礼訪)、
                        「お湯殿の上の日記」

【重史075】 そ第201話⑤
  十三日、一返(遍)上人、来るとて、極楽坊馳走と云々、
  十四日、遊行上人、昨日、極楽坊へ来たる、
                           「多聞院日記」

【重史076】 そ第201話⑤
  二月廿一日、信長公御上洛、妙覚寺に御成り。
  二月廿六日、本能寺へ御座を居(す)ゑらるべきの旨にて、
                            『信長公記』

【重史077】 そ第152話③
  ①明智が悪魔及び偶像の友であり、
  ②デウスの教えを嫌ってゐた
                       「イエズス会日本年報」

【重史078】 そ第19話
  ①先の公方光源院義照御生害、
  ②其の濫觴(らんしょう=始まり)は、
                            『信長公記』

【重史079】 そ第20話
  二男御舎弟南都一乗院義昭、
  ②或る時、南都を潜(ひそか)に出御ありて、
  ③和田伊賀守を御憑(たの)みなされ、
                            『信長公記』

【重史080】 そ第20話①
  ①廿八日夜、一乗院覚慶 僧都廿十九才、寺を御離れおわんぬ、
  ②甲賀の和多(田)ヵ城へ入られおわんぬ、
                           「多聞院日記」

【重要史料5】 081~100

【重史081】 そ第20話②
  ①今度、京都様躰、是非なき次第に候、
  ②上杉弾正少弼殿
                           「上杉家文書」

【重史082】 そ第20話②
   ①公儀御家督、相定まり候間、先ず以って珍重に存じ候、
  ②其れに就きて、当国の人数も出勢あるべき由に候、
                           「上杉家文書」

【重史083】 そ第21話
  ①御入洛の儀に就いて、重ねて、御内書を成し下され候、
  ②上意次第、不日なりとも御供奉の儀、無二その覚悟に候、
                      「東京大学史料編纂所蔵」

【重史084】 そ第22話
  信長参洛の事、別儀なきの由、喜び入り候、
                           「和田家文書」

【重史085】 そ第22話
  ①早々、先々、尾州へ下国の事肝要に候、
  ②急度、織田参洛候様、馳走、此の節に候、
  ③如何様にも、出勢の事、急ぎ申し度く候、
                           「和田家文書」

【重史086】 そ第23話
  ①来月二十二日、織田尾張守参陣致し、御動座御供申すべき由
  ②大覚寺殿、一圓(円)、虚説なり、
                           「多聞院日記」

【重史087】 そ第24話
  ①去る夜、江州矢島、引手(出勢)これあり、
  ②三好方、坂本まで三千計り罷り向ふと云々、
                            「言継卿記」

【重史088】 そ第24話
  公方様御入洛につきて、織田上総、参陣御請け申すの条、
                        「中島文書」①②/④

【重史089】 そ第25話①
  この期に至り、織上(織田上総介)違変せしめ候、
                        「中島文書」③-1/④

【重史090】 そ第25話②
  織上、天下の嘲弄、過ぐべからず候、
                        「中島文書」③-2/④

【重史091】 そ第26話①
  織上、当国境目へ出張候、・・・河野島へ執り入り候、
                        「中島文書」④-1/④

【重史092】 そ第26話②
  ①江州矢島の武家、左馬頭義秋、
  ②一昨夜、四・五人にて、若州へ御座を移さるゝと云々、
                            「言継卿記」

【重史093】 そ第26話②
  ①上意様は、矢島を御退座、若州に御動座しおわんぬ。
  ②若狭も、武田殿父子、取り合いに及び、乱逆と云々、
                           「多聞院日記」

【重史094】 そ第27話①
  ①出張の翌日より、風雨濃水に付きて、
  ②去八日未明に、織上、敗軍仕り候、
                        「中島文書」④-2/④

【重史095】 そ第27話②
 ①去る八日、越州敦賀に至り退座候、
 ②義景(朝倉)馳走に候、
                            「歴代古案」

【重史096】 そ第28話
  ①稲葉伊予守・氏家卜全・安東伊賀守、申し合せ侯て、
  ②信長公へ御身方に参ずべく侯間、
                            『信長公記』

【重史097】 そ第28話
  ①舟にて川内長島へ、龍興、退散。
  ②美濃国一篇に仰せ付けられ、
  ③尾張国小真木山より、濃州稲葉山へ御越しなり。
  ④井口と申すを、今度改めて、岐阜と名付けさせられ、
                            『信長公記』

【重史098】 そ第29話①
  ①永禄十 十一月日 信長(朱印)
  ②坂井文助殿
                            「坂井遺芳」

【重史099】 そ第29話①
  ①今度、国々本意に属するの由、
  ②尤も武勇の長上、天道の感応、古今無双の名将、
  ③綸命此の如し、これを悉(つく)せ、以って状す、
                         「信長文書の研究」

【重史100】 そ第29話②
  ①敦賀を御出で有り、
  ②一乗安養寺に着御なり、
                           「朝倉始末記」

【重要史料6】 101~120

【重史101】 そ第30話①
  ①彼(光秀)はもとより高貴の出ではなく、
  ②信長の治世の初期には、
  ③公方様の邸の一貴人兵部太輔と称する人に奉仕していた
                             『日本史』

【重史102】 そ第30話①
  細川ノ兵部太夫が中間にてありしを、
                           「多聞院日記」

【重史103】 ◎第30話
  ①入洛の儀につきて、
  ②信長、厳重に言上、
  ③先ず、濃州に至り御座を移さるべきの由申すの間、
                           「上杉家文書」

【重史104】
  
①此比、諸国知行之高帳之事、
  ②五十四万石 十八郡 美濃国
  ③五十七万石 八郡  尾張国
  ④五十六万石 十三郡 伊勢国
                             「当代記」

【重史105】 そ第11話㉔
  ①三好三人衆、・・・公方様、六条に御座侯を取詰め、
  ②六条に楯籠る御人数、細川典厩・・・、明智十兵衛
                            『信長公記』

【重史106】 そ第11話㉔
  三好日向守・同下野・・・今日、悉く本國寺を取り詰め
                            「言継卿記」

【重史107】 そ第11話㉔
  ①是れは、後巻かつら川表の事。
  ②細川兵部大輔・三好左京大夫・池田筑後・・・懸け向かひ、
                            『信長公記』

【重史108】 そ第11話㉔
  ①内待所簀子(すのこ=縁側)にて遠見、
  ②三人衆以下、申の刻、敗軍、
                            「言継卿記」

【重史109】 そ第11話㉕
  ①其の節、以て外の大雪なり。
  ②信長、馬上十騎・・・御伴なく、六条へ懸け入り給ふ。
                            『信長公記』

【重史110】 そ第11話㉕
  ①池田せいひん、今度の手柄の様体聞こしめし及ばれ、
  ②御褒美、是非に及ばず。
                            『信長公記』

【重史111】 そ第11話㉕
  ①一月十日・・・、濃州より、織田弾正忠上洛、
  ②十二日・・・、八万人ばかりと云々、
                            「言継卿記」

【重史112】 そ第11話㉞
  度々、申し遣わすと雖も、明智、返事無しの由
                            「言継卿記」

【重史113】 そ第11話㉞
  阿弥陀寺敷地指図、幷(ならび)に、方々、寄進分、
                          「阿弥陀寺文書」

【重史114】 そ第11話㉟
  ①明智市尉、来たる、
  ②愛洲薬、又、所望の間、
                            「言継卿記」

【重史115】 そ第11話㉟
  勢州に於て、千石知行、
                            「言継卿記」

【重史116】 そ第11話㉟
  ①九月五日、せんくわうの御十三年にて候、
  ②とく川、ちそう(馳走)いたし候やうに、
                            「言継卿記」

【重史117】 そ第11話㊱
  明智市慰に、近所にて行き合うの間、
                            「言継卿記」

【重史118】 そ第11話㊱
  ①極暑の時分、老足、奇特なり、
  ②山上は、老足、大儀たるべくの間、
                            「言継卿記」

【重史119】 そ第11話㊲
  ①只今、下山の間、麓に相待つべし、
  ②然れば、老足と云ひ、極暑と云ひ、
  ③三川の調わざる時は、信長、一、二萬疋は、進上すべきの由、
  ④日乗上人・明智十兵衛方へ、申上の間、
                            「言継卿記」

【重史120】 そ第11話㉛
  城州、賀茂庄の内、先々より、落し来り候田畠、
                       「織田信長文書の研究」

【重要史料7】 121~140

【重史121】 そ第11話㊳             永禄13 157000126
  ①奉公衆方へ、年頭の礼に罷り向かう、
  ②明智十兵衛、濃州へ下向と云々、
                            「言継卿記」

【重史122】 第143話              永禄06 1563005**
  光源院殿御代、当参衆、並びに、足軽衆以下覚え、
                    「永禄六年諸役人附」前半部分

【重史123】 第35話             永禄11 156800914~26
  ①十四日に、濃州西庄、立正寺へさしつかはされ、
  ②廿六(誤)日、御渡海なされ、三井寺極楽院に御陣を懸けられ、
  ③廿八(誤)日、信長東福寺(東寺の誤り)へ御陣を移され、
  ④公方様、同日に清水へ御動座。
                            『信長公記』

【重史124】 第35話               永禄11 156800926
  ①今日、武家(義昭)、清水寺まで御座を移さると云々、
  ②織田弾正忠信長、東寺まで進発と云々、
                            「言継卿記」

【重史125】 そ第11話㊴             永禄12 156900713
  ①奉公衆、石谷兵部少輔、牢人、
  ②小笠原又六、下向、四里北に居らるゝのところへ、
  ③杉原与七郎、近所に於いて、生害なり、
                            「言継卿記」

【重史126】 そ第11話②             天正 8 158000802
  ①抑も、大坂は、凡そ、日本一の境地なり。
  ②五畿七道こゝに集まり、売買利潤、富貴の湊なり。
  ③家門長久の処に、思はず、天魔の所為来りて、
  ④爰に大坂立ち初めて以来、四十九年の春秋を送る事、
                            『信長公記』

【重史127】 そ第11話㊶             永禄12 156900826
  あさかの城、木下藤吉郎、先懸いたし、攻められ候て、
                            『信長公記』

【重史128】 そ第11話㊷             永禄12 156900828
  ①是れより、わきわき(脇々)の小城へは、御手遣もなく、
  ②国司父子、楯籠られ候大河内の城と(取)り詰め、
  ③其上、四方、しゝ垣二重三重結はせられ、諸口の通路をとめ、
                            『信長公記』

【重史129】 そ第11話㊸             永禄12 156901004
  ①俄かに、走入り侯の者、既に、端々、餓死に及ぶに付いて、
  ②信長公の御二男、お茶箋へ家督を譲り申さるゝ御堅約にて、
  ③国司父子は、笠木・坂ないと申す所へ退城候ひしなり。
                            『信長公記』

【重史130】 そ第11話㊹             永禄12 156901004
  ①国中城々破却の御奉行、万方へ仰せ付けらる。
  ②当国の諸関、御免除の上、向後、関銭召し置くべからず
                            『信長公記』

【重史131】 そ第11話㊹             永禄12 156901006
  ①六日に、内宮・外宮・浅間山に御参詣なされ、
  ②御茶箋公、大河内城主として、津田掃部を相添へ置かれ
                            『信長公記』

【重史132】 そ第11話㊺             永禄12 156901011
  ①勢州表、一国平均に仰せ付けられたる様躰、
  ②公方様へ仰せ上げられ、
                            『信長公記』

【重史133】 そ第11話㊺             永禄12 156901013
  ①のふなかのほりて
  ②御しゆりみまいまいらせ候とてまいり
  ③なかはしにて、てんはいの御さか月たふ。
                         「御湯殿上の日記」

【重史134】 そ第11話㊺             永禄12 156901016
  上意(義昭)とせりあいて、下りおわんぬと、
                           「多聞院日記」

【重史135】 第31話               永禄11 156800725
  ①此の上は、織田上総介信長を偏に憑み入られたきの趣、
  ②濃州西庄立正寺に至りて、公方様御成り。
  ③末席に鳥日千貫積ませられ、
                            『信長公記』

【重史136】 第34話               永禄11 156800907
  ①九月七日に公方様へ御暇を申され、
  ②尾・濃・勢・三、四ヶ国の軍兵を引卒し
  ③わきわき、数ヶ所の御敵城へは、御手遣いもなく、箕作山へ、
  ④十三日に、観音寺山乗つ取り、御上り候。
                            『信長公記』

【重史137】 そ第11話㉖             永禄12 156900227
  ①二月廿七日、辰の一点、御鍬初めこれあり。
  ②細川殿御屋敷に藤戸石とて往古よりの大石候。
  ③笛、大鼓、つゞみを以て囃し立て、
  ④信長、御下知なされ、即時に、庭上へ御引付け候。
                            『信長公記』

【重史138】 そ第11話㉖             永禄12 156900127
  ①一月二十七日、
  ②光源院御古城また御再興、
  ③織田弾正忠信長、奉行せしめ御普請これあり、
                            「言継卿記」

【重史139】 そ第11話㉖             永禄12 156900303
  ①細川右馬頭庭の藤戸石、
  ②織弾(信長)、三・四千人にてこれを引き、
  ③笛鼓にて、これを囃し、
                            「言継卿記」

【重史140】 そ第11話㉗             永禄12 156900313
  ①司祭が都に到着して三日を経、
  ②和田殿は、司祭が信長の許へ伺候する準備整えた。
  ③信長は、邸の奥に入っていて、音楽を聞いていた。
  ④信長は、贈物を見た後、ビロードの帽子だけを受理した。
  ⑤幾千里もの遠国から、はるばる日本に来た異国人たちを、
                             『日本史』

【重要史料8】 141~160

【重史141】 そ第11話㉘             永禄12 1569003**
  ①信長は、建築作業に従事しており、
  ②濠橋の上で待った。
  ③彼は、約二時間、ゆったりした気分で、彼と語らった。
  ④どれくらいの道のりがあるのか
  ⑤かくも遠隔の国から日本に渡ってきたのか
  ⑥信長は、仏僧の方を指さし、憤激して言った。
  ⑦予は、幾度も、彼らを殺害し、殲滅しようと思っていたが、
                             『日本史』

【重史142】 そ第11話㉙             永禄12 156900414
  ①通常二万五千人が働き、少ない時でも、一万五千人を数えた
  ②彼は多数の石像を倒し、頸に縄をつけて工事場に引かしめた。
  ③信長は、ほとんどつねに、座るために虎皮を腰に巻き、
  ④一兵士が、戯れに一貴婦人の顔を見ようとして、
  ⑤信長は、一同の面前で、手ずから彼の首を刎ねた。
  ⑥少なくとも、二、三年はかかると思われたものを、
  ⑦彼は、ほとんどすべてを七十日間で完成した。
                             『日本史』

【重史143】 そ第11話㉙             永禄12 156900414
  四月十四日、武家、勘解由小路室町え御座を移さると云々、
                            「言継卿記」

【重史144】 そ第11話㉙             永禄12 156900421
  ①御前へ、信長、召し出だされ、
  ②忝くも、三献の上、公儀御酌にて御盃、
                            『信長公記』

【重史145】 そ第11話㉙             永禄12 156900421
  ①御盃頂戴、御太刀・御馬進上、
  ②各(おのおの)、涙ども落すなり、
  ③御門外までこれを送られ、東の磊上に御成り、
  ④粟田口へ入るまで御遠見なり、
                            「言継卿記」

【重史146】 そ第11話㉚             永禄12 156900421
  ①彼は、中くらいの背丈で、華奢な体軀であり、
  ②髯は少なく、はなはだ声は快調で、
  ③名誉心に富み、正義において厳格であった。
  ④自らに加えられた侮辱に対しては懲罰せずにはおかなかった。
  ⑤酒を飲まず、食を節し、
  ⑥人々は彼に絶対君主に対するように服従した。
  ⑦彼は、戦運が己に背いても心気広闊、忍耐強かった。
  ⑧迷信的慣習の軽蔑者であった。
  ⑨霊魂の不滅、来世の賞罰などはないと見なした。
  ⑩何ぴとも武器を携えて彼の前に罷り出ることを許さなかった。
                             『日本史』

【重史147】 そ第11話㉑             永禄10 1567004**
  ①織田上総介平信長、伊勢の国を取んとし給ふ、
  ②滝川左近大夫将監一益を大将として、勢州北方へ向かる、
  ③信長、始めて、桑名表へ発向し給ふに、
  ④神戸長(おとな)、山路弾正正忠が城、高岡を取り巻き給ふ時、
  ⑤信長、勢を打ち入れ、岐阜へ帰り給ふ、
                           「勢州兵乱記」

【重史148】 そ第11話㉒             永禄11 1568002**
  ①永禄十一年二月、信長、又、勢州へ発向、
  ②神戸へ、使者を以って、神戸蔵人大夫と無事に成る、
  ③信長の三男、三七殿、拾三歳の時、養子に遣わさる、
                           「勢州兵乱記」

【重史149】 そ第11話㉓             永禄11 1568002**
  ①北伊勢八郡、信長の御手に入り、
  ②工藤分は、上野殿与力に定まり、
  ③関分は、三七殿与力に定まる、
  ④北方諸侍分は、滝川家与力に定まる、
                           「勢州兵乱記」

【重史150】 そ第11㉕02             永禄12 156900114
  ①御袖判(義昭) 殿中御掟
  ②御部屋衆・定詰衆・同朋以下、
  ③公家衆・御供衆・申次は、
  ④惣番衆面々、
  ⑤公事篇の
  ⑥奉行衆の
  ⑦弾正忠判(信長)
                           「仁和寺文書」

【重史151】 そ第11㉕02             永禄12 156900116
  ①追加
  ②請取り沙汰、停止の事、
  ③直訴訟、停止の事、
  ④訴訟の輩在らば、奉行人を以って言上致すべき事、
  ⑤弾正忠判
                           「仁和寺文書」

【重史152】 そ第11⑩01           ✓ 天正08 158000612
  ①三好式部少輔の事、此方(こなた)に別心なく候、
  ②猶、三好山城守(康長)、申すべく候也、
                  「古証文」「織田信長文書の研究」

【重史153】 そ第11⑩01           ✓ 天正08 158000614
  ①爾来(じらい=以来)、申し承らず候、
  ②仍って、阿刕(あしゅう=阿州)表の儀に就きて、
  ③信長より、朱印を以って、申され候、
                  「古証文」「織田信長文書の研究」

【重史154】 そ第11⑩01           公 天正08 158000626
  ①土佐国補佐せしめ候長宗我部土佐守、
  ②惟任日向守、執奏にて、
  ③御鷹十六聯、幷(ならび)に砂糖三千斤、進上。
                            『信長公記』

【重史155】 そ第11⑩03             天正08 158000714
  ①右府信長、御上洛の由、申すの間、
  ②山科に至り罷り出で、数刻相待つ、
  ③御迎え、各、無用の由、仰せなり、
                            「兼見卿記」

【重史156】 そ第11⑩03             天正08 158000723
  ①聊(いささ)かも難渋せしむれば、成敗を加ふべき者なり、
  ②天正八年七月廿三日 光秀 加茂ノ庄惣中
                    「明智光秀史料で読む戦国史」

【重史157】 そ第11⑩03             天正08 1580007**
  ①定 宮田市場
  ②一、喧嘩・口論・押買・狼藉、停止の事、
  ③違犯の輩においては、速やかに巌科に処すべきもの也、
                            「亀岡市史」

【重史158】 そ第11話⑪             天正08 158000804
  ①飯川治部入道(秋共)、書状到来、
  ②今度、丹後国、長岡兵部(細川藤孝)大輔に仰せ付けらるゝ也、
  ③鎧(よろい)借用の事、
                            「兼見卿記」

【重史159】 そ第11話⑪             天正08 158000813
  ①其国(丹後)に至り、早々、参着候由、尤も以って然るべく候、
  ②様子に於ては、惟任かたより、具(つぶさ)に申し越し候、
                           「細川家文書」

【重史160】 そ第11話⑪             天正08 158000815
  十五日、壬子(みずのえね)、右府信長、大坂表へ御出陣、「兼見卿記」

【重要史料9】 161~180

【重史161】 そ第11話⑪         ✓✓ 公 天正08 158000815
  ①信長公、京より、宇治の橋を御覧じ、
  
②御舟にて、直ちに、大坂へ御成り。
                            『信長公記』

【重史162】 そ第11話⑪         ✓✓✓ 天正08 158000817
  ①禁制 丹後国江尻村
  ②一、当手軍勢甲乙人乱妨狼藉の事、
  ③天正八年八月十七日 日向守(花) 与一郎(花) 兵部大輔(花)
                           「成相寺文書」

【重史163】 ◎第11話 1~2/19      信✓公 天正08 1580008**
  ①爰(ここ)にて、佐久間右衛門かたへ、御折檻の条、
  ②御自筆にて、仰せ遣はさるゝ趣、
                            『信長公記』

【重史164】 ◎第11話 3~4/19      信光公 天正08 1580008**
  ①丹波国、日向守が働き、天下の面目をほどこし侯。
  ②次に、羽柴藤吉郎(秀吉)、数ヶ国比類なし。
  ③池田勝三郎、小身といひしも、
  ④柴田修理亮、右の働き聞及び、
                            『信長公記』

【重史165】 ◎第11話 5~6/19      信光公 天正08 1580008**
  ①五ヶ年、一度も申し越さざるの儀、油断・曲事の事。
  ②然るところ、(信長に)一旦の届けこれなく、
                            『信長公記』

【重史166】 ◎第12話 7~10/19      信✓公 天正08 1580008**
  ①信長家中にては、進退各別に候か。
  ②三川にも与力、尾張にも与力、近江にも与力、大和にも与力、
  ③少分の者ども候へども、七ケ国の与力。
                            『信長公記』

【重史167】 ◎第12話 11~12/19     信光公 天正08 1580008**
  ①先年、朝倉破軍の刻(きざみ)、
  ②時にあたつて、信長、面目を失ふ。
  ③甚九郎、覚悟の条々、
  ④書き並べ候へば、筆にも墨にも述べがたき事。
                            『信長公記』

【重史168】 ◎第13話 13~15/19     信光公 天正08 1580008**
  ①大まはしに、つもり候へば(大略を言えば)、
  ②父子とも、武篇道たらはず候によつて、かくの如き事。
  ③自分の侍相拘へず、領中を徒(あだ)になし(所領を無駄にして)、
  ④錦の中にしまはり(針)をたてたる上をさくる様なる
                            『信長公記』

【重史169】 ◎第4話             公 永禄03 15600519
  ①人間五十年、
  ②下天の内をくら(比)ぶれば、
  ③夢幻の如くなり、
  ④一度生を得て、滅せぬ者の有るべきか、
                            『信長公記』

【重史170】 ◎第112話            公 天正10 15600519
  ①三月十一日、武田四郎父子、簾中、一門、 
  ②こがつこ(駒飼)の山中へ引籠らるゝの由、
  ③三月十一日、巳の刻、各、相伴、討死なり。
  ④四郎父子の頸、滝川左近かたより、三位中将信忠卿へ、
  ⑤関可平次・桑原助六両人にもたせ、信長公へ御進上候。
                            『信長公記』

【重史171】                 ✓ 永禄13 157000123
  ①印文 義昭宝 黒印
  ②天下の儀、何様にも、信長に任せ置かるのゝ上は、
  ③誰々に寄よらず、上意を得るに及ばず、
  ④分別次第に、成敗をなすべきの事、
                       「成簣堂文庫所蔵文書」

【重史172】                  公 天正08 1580008**
  ①抑(そもそ)も、天下を申しつくる信長に、
  ②口答申す輩(ともがら)、前代に始り候条、
                            『信長公記』

【重史173】                  ✓ 天正09 158100819
  ①佐久間(信盛)、十津川の湯にて、死ぬにつき、
  ②惟任日向守、郡山城普請見舞として、
                           「多聞院日記」

【重史174】                  ✓ 天正10 158200111
  ①空然(石谷光政) 人々御中
  ②尚々、御朱印の趣も、元親御ため、然るべく候、
  ③始末、然るべく様に、万事、御異見、尤もに、存じ候、
                           「石谷家文書」

【重史175】 ◎第65話             ✓ 天正10 158200305
  ①三月五日、信長公、隣国の御人数を召し列れられ、御動座。
  ②翌日、仁科五郎が頸もたせ参り候を、ろくの渡りにて御覧じ、
                            『信長公記』

【重史176】 ◎第65話             ✓ 天正10 158200305
  ①路地中、数千騎、惟任向州、多人数の由、
  ②日向守、殊更(ことさら)、人数多く、奇麗の由、
                            「兼見卿記」

【重史177】 ◎第66話             ✓ 天正10 158200307
  ①三月七日、三位中将信忠卿、上諏訪より甲府に至りて御入国。
  ②武田四郎勝頼一門・親類・家老の者、尋ね捜して悉く御成敗。
  ③駿・甲・信・上野、四ケ国の諸侍、
  ④帰参の御礼、門前、市をなすなり。
                            『信長公記』

【重史178】                  公 天正09 158101117
  ①羽柴筑前・池田勝九郎両人、淡路島へ人数打ち越し、
  ②姫路に至りて、羽柴筑前守、帰陣。
  ③淡路島、物主(ものぬし)、未だ仰せつけられず候なり、
                            『信長公記』

【重史179】                  ✓ 天正06 157801026
  ①惟任日向守に対する書状、披見せしめ候、
  ②阿州面(おもて)に在陣、尤(もっと)もに候、
  ③次に、字(あざな)の儀、信を遣はし候、
  ④即ち、信親、然るべく候、
                          「土佐国蠧簡集」

【重史180】                  ✓ 天正06 157801026
  ①御奏者は、明智殿なり、
  ②明智殿御内、齋藤内蔵助は、元親卿には小舅になるなり、
  ③則ち、信と云う御字を給わる、
  ④これに依り、信親と云しなり、
  ⑤此の由緒を以って、
  ⑥四国の儀は、元親、手柄次第に、切り取り候へと、
  ⑦御朱印頂戴したり、
                             「元親記」

【重要史料10】 181~200

【重史181】                 ✓ 天正09 1581*****
  ①元親儀を、信長卿へ、或る人、さゝへ(妨害)申す、
  ②連々、天下のあだにも罷り成るべし、
  ③信長卿、御朱印の面、御違却有りて、
  ④予州・讃州、上表申し、
  ⑤阿波南郡半国、本国に相添え遣はさるべし
                             「元親記」

【重史182】                 公 天正03 157500406
  ①四月六日、信長、京都より直ちに南方へ御馬を出だされ、
  ②四月八日、三好笑岩(康長)楯籠る高屋へ取り懸け、
  ③四月十四日、大坂へ取り寄り、作毛を悉く薙ぎ捨て、
  ④御人数、十万余騎のつもりなり。
  ⑤都鄙の貴賤、皆耳目を驚かすばかりなり。
                            『信長公記』

【重史183】                 ✓ 天正03 157500412
  ①同卯月十二日朝、友閑 長谷川宗仁
  ②一、小長板ニふとん・しがらき、二ツ置く、
                          「天王寺屋会記」



 ⇒ 次へつづく

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